出店者名 銅のケトル社
タイトル 斜陽の国のルスダン
著者 並木 陽
価格 600円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
果たして彼女は淫蕩なる傾国の美女か、
英邁なるヨーロッパの防衛者か――

13世紀、グルジア王国はヨーロッパで初めて「モンゴルの禍」に接触した。
西方諸国へ援軍を求めても応える者はなく、モンゴルとホラズムの相次ぐ襲来に
美しき女王ルスダンはただ一国のみで立ち向かう。

天真爛漫な少女時代。
最愛の兄の死。
東方から立て続けに襲来するモンゴルとホラズム。
廷臣たちの思惑。
そして、ルーム・セルジュークから人質としてやってきた王子との絶ちがたい絆。

ユーラシア諸国にその名をとどろかせた美貌の女王の数奇な運命を描く。

【 装画 T.soup 】

 女王となったルスダンには、捨ててはおけない課題が残されていた。兄を死に至らしめた、あの矢を射る民、モンゴルのことだ。
 彼らはグルジアの一地方を散々荒らしまわった後、北方ルーシへと去っていた。王国は一時的に難を逃れたとはいえ、いつ彼らが引き返してくるともわからない。そして、最果てに位置するキリスト教国として、強大な敵が同胞の国々の中深く侵攻していくのを、黙って見ているわけにはいかなかった。
「十字軍を招聘(しょうへい)してはどうかと思っているの」
 ルスダンはディミトリにそう話した。
「グルジア女王の名において、ローマの教皇に警告の手紙を書くのよ。現にこうしている間にもキリスト教国が侵犯されている。目前の危機を前にして、イェルサレム攻略などと言っている場合では無いはずだわ」
「異論は無い」
 ディミトリは頷いた。
「その考えは、まず宰相イヴァネ・ザカリアンの助言を求めるべきだ。そして教皇への手紙は、宰相と連名で作成するようにしたらいい」
(中略)
 ルスダン女王は、兄の最期と未知なる敵の恐ろしさとを包み隠さず綴った。そうして、キリスト教圏の防衛のために、今こそ東西ヨーロッパが団結することの必要性を切々と説いた。
 教皇ホノリウス三世に宛てた手紙は、グルジア女王ルスダンと宰相イヴァネ・ザカリアンの連名で作成され、議会の承認の下、アニ市の主教ダヴィドに託されてローマに送られた。
――史上、初めてモンゴルと接触したキリスト教国君主からの、モンゴルに関する極めて正確な報告書。
 これを西ヨーロッパにもたらしたことは、グルジア女王ルスダンの治世における事績として最も有名なもののひとつである。この手紙のために、女王ルスダンの名は「ヨーロッパにおける、モンゴルに関する最初の報告者」として歴史に留められることになった。
 ただし、この手紙はこの時点では顧みられることが無く、西方諸国から黙殺されてしまう。
 教皇ホノリウス三世は時の神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世に十字軍の決起を促したものの、皇帝は自らの所領であるシチリアの平定に夢中で、一向に行動を起こす気配を見せなかった。
 加えて、西ヨーロッパ諸国では、イスラム教国であるホラズム・シャー朝を滅ぼしたモンゴルこそ、キリスト教の救世主プレスター・ジョンだという噂が出回っており、グルジアからの報告を信じようとはしなかった。
(「第三章 押し寄せる闇」より)


ジャラルッディーン×ディミトリの薄い本ください
 物語の舞台は13世紀のグルジア。女王ルスダンの夫となったのはイスラム教国ルーム・セルジュークの王子、ディミトリ。モンゴルや、イスラム教国であるホラズムの攻撃を受け、グルジアはかつての栄光を失いつつあった。

 ホラズムに機密を漏らしているのではないかとディミトリを疑い続ける廷臣たち。何を言われようとディミトリをかばい続けるルスダン。苦難の中にあってもルスダンとディミトリは深く愛し合っていた、はずだった。

 ディミトリはルスダンの命を守るため、ホラズムとの和平の道を探っていた。ディミトリと間者の会話を聞いてしまったルスダンは裏切られたと思い込み、ディミトリを幽閉する。

 ホラズムの帝王ジャラルッディーンはグルジアの王都トビリシ攻略の際、ディミトリに一目惚れする(※ここから腐女子目線です)その場面が本当に素敵なので引用しますね!

「神よ、讃えられてあれ」
 ジャラルッディーンは感動したように言った。
「貴公こそ、まさに自然が造りたもうた天然の芸術品だ。ルーム・セルジュークの王子、エルズルム公の第四子よ。美貌の噂はかねがね聞いていたが、今、目の前にいる貴公の姿は想像を超えている」
 帝王は手ずからディミトリを助け起こすと、彼の手を取って言った。
「いろいろと苦労されたようだが、もう何も案ずることは無いぞ。美しい王子、ジャラルッディーンの名の下に貴公に平安を約束しよう」

 アラブBL? 石油王?
「極上……」
 とつぶやいて生唾飲み込んでしまうよ。

 あとがきによると、ディミトリがジャラルッディーンの寵愛を受けたのは史実らしく、

「ジャラルッディーンはこの王子を自ら割礼を施した息子ででもあるかのように深く愛したということです」

 意味深ですね!

 かつて敵であったにもかかわらず、ディミトリはジャラルッディーンを憎まない。自分にはない強さや統率力に憧れ、彼の立場で許される限りの誠意を尽くす。複雑な事情を抱えた国で、複雑な境遇に置かれた王子は、自分の良心に従って精一杯生きた。彼の利己心からではない奮闘が、この物語を読みやすく、あたたかいものにしている。

 歴史が苦手な人にこそ薦めたい歴史小説です。
推薦者柳屋文芸堂

歴史という名の物語に酔う
歴史や地理、当時の国際情勢にも言及されているので、資料を読み解いて浮かび上がる人物像を物語にしたらこうなるのか、と知識がなくても面白く、興味深く読みました。

序章から印象深く、見たことのない土地の光景やひりつくようなルスダンの状況が目に浮かぶよう。
この序章は再読必至です!そして二度目は涙なしでは読めない……。
続く第一章からはルスダンの少女時代、彼女が最も幸福であった頃、何も知らない少女でいられた時代が描かれるので、その差が本当につらくて。よき王であった兄王ギオルギの戦死を機に、無垢な少女から一国を背に負う女王にならねばならなかったルスダンの混乱と孤独、ディミトリが傍にいることの心強さや頼もしさが丁寧に紡がれて(このディミトリがまた切ない……!)史実を小説として書くからこその面白さとままならなさを存分に味わうことができます。

波乱に満ちた少女小説のような人生で……と言うのもおかしな話なのですが、史実を物語として読ませる並木さんの構成の手腕と筆力が光ります。
グルジアのキーワードがちりばめられたカバーイラストも素敵!
推薦者凪野基