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承認欲も、支配欲も、嗜虐欲も、突き詰めると性愛に行き着くのかもしれない。ぼくには、よくわからない。ぼくがまだこどもだからかもしれない。おとなになれば、体の中に、欲を繋ぐ回路でも生まれるのだろうか。なんにしても、ぼくは、彼らの欲を受け容れる。何度でも、いくらでも。だから彼らはまた、ぼくを求める。彼らの命の期限まで。 |
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「小説は偏愛的であるべきだ」 私が敬愛するある作家に、この言葉をもらったことがある。 「自分が書きたいと思った内容を、これでもかというくらい偏執的に書く。 そのくらいにしたほうが、自分ではない相手には伝わるんじゃないかって」 偏愛的とは何か、それは正しいのか、 そのようにして書かれた小説が、読者にどんな効果をもたらすのか。 もしも答えが知りたいなら、咲祈さんの著作「None But Rain」を読んでほしい。 Juneである。 あまぶんの定義に依るならそれは「異性愛ではないなにか」だ。 この作品を読んでいると、身体が熱くなる。 頭や心よりも先に、身体が焼けつきそうになる。 季節は夏がいい。じっとりとした湿度が汗を滲ませる。 雨が降りそうだと思う。あるいは雨を呼んでいる。 「None but rain」。 正しく訳すなら、「雨しか降らない」になる。 誤訳でもいいから、まるで悠弥と悠希のきょうだいに救いを与えるように、 この作品に適切な訳をつけてあげたい。 六月である。 作品の文脈に沿うなら降るのは「雨ではないなにか」だ。 この作品を読んでいると、身体が熱くなる。 頭や心よりも先に、身体が焼けつきそうになる。 小説は偏愛がいい。書き込まれた描写が涙を滲ませる。 悲しい思う。あるいは悲しみたい。 「None but rain」。 誤訳でもいいから、この作品に適切な訳をつけてあげてほしい。 悠弥と悠希のきょうだいが、もう泣かないで済むように 代わりにあなたが泣いてほしい。 | ||
推薦者 | あまぶん公式推薦文 |