出店者名 おとといあさって
タイトル 嘘の町を出ていく
著者 らし
価格 300円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
B5変形版、約40ページの短篇です。
嘘の都〈ペテンブルク〉を舞台に、ある秘密を抱えた時計技師の青年・ぺトレと、生きているからくり人形・シアーシャの、奇妙な恋が描かれます。
ほんとうと嘘、かなしさとやさしさが混ざりあうおとぎ話。
嘘がテーマのお話なので赤い本にしました。

 ペテンブルクでいちばん背の高い建物は、中央広場のそばに立つ、レンガ造りの時計塔だ。
 町のどこからでも見える文字盤の下には、青銅の扉がついていた。扉は一日に一度だけ、正午の鐘の音にあわせてひらく。四角い舞台がせりだしてきたら、からくり人形たちが演じる、五分間のショーのはじまりはじまり。太鼓をもったごきげんなクマと、フルートを吹くウサギ。そして主役は、舞台のまんなかに立つ、青いチュチュを着た踊り子だ。彼女は楽隊の奏でるメロディーにあわせて、歯車のついたトウシューズで、くる・くる・くるりとダンスした。
 ある日、最初のターンを決めた直後に、踊り子はとつぜん自分が生きていることに気がついた。
(あら! わたしったら、生きているわ!)
 やわらかい風が頬をなで、まばゆい陽射しがまぶたをあらった。
(わたしの名前はシアーシャ……そう、きっとシアーシャよ!)
 くるり。右に回ると劇場がみえた。
(ああ! あそこではどんな劇が演じられているのかしら)
 くるり。左に回ると工場がみえた。
(ああ! あそこではいったいなにが作られているのかしら)
 足もとの広場には、思い思いの時間を過ごす、たくさんの人びとがいた。
(ああ! あの人たちはどんな暮らしをしているのかしら)
 シアーシャは、もっとたくさんのことを知りたいと願ったが、舞台にしっかりと固定された右足は、彼女に規則正しい踊りだけをもとめた。
 やがて楽隊は演奏をやめ、舞台はするすると後戻りをはじめた。
(待って! わたし、もっと、この世界が見たいの!)
 声にならないさけびもむなしく、機械じかけのドアは閉じ、シアーシャは暗がりに連れ戻された。


嘘を越えていく物語
嘘とは何だろうか。
自分を守るため、ときには相手を守るためにつくる、バリアのようなものかもしれない。
『嘘つき』は悪いことかもしれない。
でも、少年のそれはあまりに真剣で、さしせまっていた。

少年は嘘の町で、理想の自分を築き上げたかったのだと思う。
嘘をつかなくとも、誠実に生きていけることを証明したかったように思う。
しかし、その願いは、ある想定外の出来事をきっかけに、ほころびを見せてしまう。


まったく私事の話になるが、私もまた、頭の中に嘘の町がある。
小説を書くにあたり、脳内では常に嘘の人物たち(キャラクター)が演劇を繰り広げている。

だから、主人公ペトレの気持ちが、手に取るようによくわかった。親近感を抱いた。
その驚きも、戸惑いも、切ないくらいの嬉しさも、全て。

ペトレは町にいられなくなった。文字通り、『嘘の町を出ていく』
けれどその足取りは、確かなもので。その眼差しは、しっかりと未来を見据えていて。
終わらない物語は無い。
でも、この本で導かれた終わりは、一読者である私の心をも満たしてくれるものだった。

物語など所詮、作り話で、嘘にすぎないものかもしれない。
そうだとしても、このお話は、嘘を越える物語であるように思う。
推薦者新島みのる

この作品を読み終わったら、飛び切りの嘘をつこう
「嘘の町を出ていく」は2017年4月1日に発行された本だ。
4月1日。大抵のひとにとってその日は、嘘をつく日、として認識されるものだと思う。
本作中では、嘘をつくためのルールが母の言葉によって語られている。
つまり「だまされているあいだ楽しいこと」「醒めても<よかった>と思えること」。
それを「よい嘘」と規定するのであれば、創作は全て「よい嘘」であるべきなのかもしれない。
創作物は嘘で、つくりごとだ、けど、本作の冒頭に書かれているように、たしかにここにあるものだ。
つくる人たちは、誰もが心のなかに嘘でつくられた町ペテンブルクを持っている。
そこではいろんな人たちが生活している。
読者は作品を読むことで、その町のなかに混じる。
もしもそのなかで恋をすることができたなら、それ以上の読書体験はないんじゃないか。
本作「嘘の町を出ていく」を読みながら、そんなことを思った。

 そして。この作品自身が、そんな読書体験を与えるものなのかもしれない。
短い物語ではあるけども、嘘つきのペトレと踊り子のシアーシャは確かにそこにいて、
生きて、恋をして、読者は必死な姿に惹き付けられる。
ふたりの幸せな結末を願うようになる。
実際の結末がどうであったかは……自分自身の目で確かめてほしい。
でも私は、この物語は「よい嘘」だったと思う。
だまされているあいだ楽しくて、それで、醒めたあと<よかった>と思えた。

 読み終わったあとの読者は、どこへ行くのだろう。
それはそのまま、嘘の町を出たあとのペトレと相似する。
物語の続きは、いつだって読者に託されている。
嘘をつこう。読んだあと、君はきっとそういうふうに思う。
飛び切りの嘘を、飛び切り「よい嘘」をついてほしい。
もしかしたら、それはいつか、本当になるかもしれない。
推薦者あまぶん公式推薦文