出店者名 ヨモツヘグイニナ
タイトル ゆめのむすめ
著者 孤伏澤つたゐ
価格 700円
ジャンル JUNE
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紹介文
「ここは貘の飼育部屋です」
灰色の部屋には、ちいさな机と椅子、それからガラスケース。
ペンとノートを手渡して、養父がわたしに言ったのは、貘の記録をとること。

養父と、貘と、わたしとだれか――。

 なにか、……そう形容するほかないそれは、物体とか物質とかいうものではない気がする。わたしは、持ちうるすべての感覚を総動員し―おもにしごとをしていたのは視覚だったが―知りうるわずかな言葉の枠にその奇妙なものをさっさとおさめてしまいたかった。名状しがたいものを、定義づけして安心したくて必死で、養父が、ドアを閉めたのちに発した声については聞き逃してしまった。
 眼球の細部にまで注意をめぐらせてそれを見つめていた耳もとで、とろんとした声が、もういちど。
「貘はどんなかたちをしていますか」
 それでようやく、顔をあげた。
 貘。そうか、このケースのなかのものは、そんな名称なのか。
 わたしはすこしだけ、安心する。それに名のあったことを。そしてすぐに、不安になる。養父の問いに答えることができなくて。
 かれがそれを貘と呼ぶまでに、わたしはわたしにあるかぎりの比喩や擬態語を総動員させて眼前のケースのなかみを形容する試みをくりかえしていて、すべてが失敗に終わっていたのだ。
 無言の困惑に養父はうなづいて、ガラスケースに視線をすべらせた。
「実をいうと、わたしには、貘は見えないんです」
 養父は、まだ貘の形状についてあれこれ考えているわたしからはなれ、ささやかな足音で机のところまでゆくと、ひきだしからノートとペンをとりだした。
 机におかれたノートを見れば、表紙はくすんだ砂色で、背の部分には黒いテープがはってある。表紙をひらくと、罫線がひかれただけのまっさらな紙面。
「これに、貘の状態を書いてください」
 ペンがノートのあいだにころがった。装飾はないが首軸にむかってゆるやかにふとくなっているペンで、ペン先は錆が浮いてくもっていた。
 わたしは首を横にふる。文字を書いたことがなかったので。
 養父は、ふむ、とちいさくうなり、椅子をひいてわたしを呼んだ。座るようにうながされ、腰をおろすと、座面におかれたふかふかのクッションがわたしのおしりを拒むようにはずんだ。
「利き手はどちらでしょうか」
 ペンの持ちかたすらおぼつかないわたしの手を、なめらかな肌の手がつつみ、ただしいかたちに握らせる。ペン先を紙面にあてる角度をいくどもなおされた。頬のすぐちかくに養父のかおがあって、紙に這うペン先があやまった道順をたどっていないかをたしかめるとき、まつ毛がかすかにふるえた。


「眠り」についての美しい物語
「眠る」ということは、時間の流れに句読点のような区切りを打って自分を確かめることなのかもしれない。
この本を読んで、ふとそんなことを考えました。
自分が存在すること存在しないことの途方のなさが、頭で理解するのではなく肌に染み渡っていくような、不思議な美しい物語です。
推薦者三谷銀屋

あなたはこのガラスケースの中に、何が入っているのが視えますか?
「ここは、獏の飼育部屋です」
 うつくしい養父に連れられ、娘は小さな灰色の部屋を訪れる。部屋の中にあるのはスチル製の椅子と机、そして立方体の青いガラスケース。
「獏はどんなかたちをしていますか」
 娘は養父に乞われるままガラスケースに収められた獏の観察日記をつけ始める。
「実を言うと、わたしには、獏は見えないんです」
 小さな部屋の中でひとりノートに獏の生態を綴り始めた娘は、次第に自己の存在に疑問を持っていく。

 読み始めて早数ページで、これはわたしの手に負える作品ではない、と直感し、それでもまるで引力に導かれるようにして読み進める手を止めることが出来ませんでした。
 夜と夢、獏の三者が織りなす物語は、「鶏と卵、どっちが先か」という、答えを永遠に持たないであろう議論と同じように果てがなく、それぞれが「存在」を語り、主張する様は、切なくもとても美しいものであると感じました。唯一異なっているのは、夢には終わりがあり、夜は明けるという点であるのかもしれません。
 己の非存在を恐れた娘が、ある時はノートに嘘の観察日記を書き綴り、ある時は嘘も本当も書けなくなる、というシーンがとても好きです。
 見えないものは存在しない、目に見えるものは存在しない、と、作中では繰り返し「存在」について議論がなされます。この「ゆめのむすめ」という作品は、空っぽの水槽で表されている「自己と他の間に横たわる空白」に名前を付けて、その中に自分の存在を探すための物語なのだとわたしは受け取りました。そしてそれはこの物語の中だけの出来事ではなく、多かれ少なかれわたしたち誰もが行っている行為なのだと。
 遠い世界ではありながら、それでていて現実的な近さにあっても決しておかしくはないような、そんな夢現が入り混じる酔いにも似た感覚を、読んでいる間中ずっと感じていました。これは、と思った部分にメモ代わりとして付箋を貼っていったのですが、付箋を貼りながら小説を読んだのはこれが初めてのことでした。

 夢には終わりがあり、夜は必ず明けていく。けれどもまたいつか夜の帳は落ち、再び夢の世界が訪れる。それはひとつの絶望であり、同時にひとつの希望でもあるのだと思います。出会えてよかったと、そう心から思える作品でした。シュルレアリスムの絵の中に取り込まれるような感覚を、ぜひ、味わってみてください。
推薦者森瀬ユウ