ゼジッテリカが部屋を出るのは久方ぶりのことだった。しかしそれが父の葬儀のためとなれば、はしゃぐような気持ちにもなれない。
大切な人形を抱きしめたゼジッテリカは、自身もまるで人形のように、ひたすら屋敷の大広間で立ち尽くしていた。隣に立つ叔父テキアの声も遠い。父の死を悼む者たちの言葉は、なお遠かった。
葬儀とはいっても、形ばかりのものだ。本来であればファミィール家の威光を示すために各地から人を呼び寄せるところだが、護衛的な観点からそれは取りやめになったという。
今この屋敷の中にいるのはファミィールの関係者や、屋敷の使用人たちだけだ。天井の高い、厳かな広間が、まるで何かの抜け殻のように思えてくる。
「かわいそうに」
ふいと、誰かの漏らした言葉がゼジッテリカの鼓膜を叩いた。唇を引き結び、ゼジッテリカは目を伏せる。腕からこぼれ落ちた人形の金の髪が、場違いのように鮮やかに見えた。
――父サキロイカを亡くしたかわいそうな娘。没落の一途を辿るだろう家に取り残された哀れな少女。
大人たちがこのところ何を口にしているのか、ゼジッテリカにはわかっていた。彼らは日々あえて難しい言葉を使って会話していたが、それをこの幼い少女が理解しているとは思ってもいないだろう。
部屋を出ることをほぼ禁じられていたゼジッテリカは、もっぱら本を慰みとしていた。子ども向けの書物を読み切った彼女は、手当たり次第に大人向けのものまで手を出すようになった。そのうち、自然と周囲の人間が何を話しているのか、把握できるようになった。
「テキア様、あなたはどうか」
まるで誰かの祈るような声が、すすり泣きに混じって聞こえる。ゼジッテリカは、人形を抱く手に力を込めた。ファミィール家の人間が次々と亡くなったのを、偶然の一言で片付ける大人たちは馬鹿だ。それでゼジッテリカが納得すると思っているのだろうか。
父が突然倒れたと耳にしたのは、一昨昨日のことだった。実際はもっと前なのだろう。本当に帰らぬ人となったのがいつのことなのかは、ゼジッテリカにはいまだ知らされていない。
「皆様、ありがとうございます」
忽然と、テキアの声が大きくなった。わずかに顔を上げたゼジッテリカは、横目でそちらをちらとだけ見る。黒い喪服に身を包んだまだ若い叔父は、神妙な顔で人々に向かって口を開いていた。