新たな年を迎えたばかりの神社の境内には、独特な空気が漂っている。
一列に並んだ参拝客達が賑やかな話し声とともに放出する、複雑な街の匂いとほのかな体温。北西から弱く吹く風が運んで来る、微かな海の香りと肌を刺す真夜中の冷気。
それらが渾然一体となって、年に一度だけ生まれる特殊な空間を隅々まで満たしている。
「ほら、見て見て。大吉」
隣を歩きながらこちらを見上げた銀花が、ご満悦そうに細長い紙片を僕の目の前で振った。
「うん。良かった良かった……服当たってるからもう少し離して」
ばさばさと揺れるダッフルコートの袖口を軽く押しやり、鳥居をくぐって境内を出る。
「草太君は?」
視線を落とし、糊付けされた薄い紙を爪の先で慎重に剥がす。蛇腹折りになったおみくじを広げると、右から左へと書かれた小さな黒い文字が出現した。
小吉。
横合いから僕の手元を覗き込んだ銀花が、赤いマフラーで口元をすっぽりと覆ったまま溜め息を吐く。
「微妙だね。中途半端。センスが皆無。一番反応に困る」
「それは神に言って欲しい」
「でも、草太君には割と似合ってるかも?」
「そうそう。このくらいが案外ちょうど良いんだよ。大吉は引いた人が油断するからって、項目別に見てみると悪いことも書いてあったりするし」
「まあ、わたしが知りたいところは一つだけなんだけど……」
銀花が、自分のおみくじに顔を近付ける。神社の喧騒は徐々に遠ざかり、街灯にぼんやりと照らされた道には、通行人の足音と時折通る自動車のエンジン音だけが小さく響いていた。
「知りたいところって?」
「あっ、見つけた。――恋愛。幸せあり、迷うな。流石は大吉」
「恋愛?」
意外な単語に、思わず聞き返してしまう。
「どうしてまた。近いうちに恋愛が出来るのは確実なんだから、気にする必要なんてないんじゃないの?」
「甘い。甘いよ草太君は」
珍しく不機嫌そうな表情を浮かべて、銀花が首を横に振った。
「もうすぐ高二も終わり。わたし達の歳なら、ほとんどの人はとっくに恋波を受信して、相性ばっちりの相手と出会って、深雪も融かす熱烈なロマンスを満喫してるの」
「イメージが膨らみ過ぎているような」
「でも、わたしや草太君はと言えば、未だにさっぱりぱったり音沙汰なし。もっと焦燥に駆られるべきだよ」
「そうは言ってもね……」