ヒールは手元にあったグラスを空にすると、無残な姿で散らばった花束に近寄った。
美しい赤色の薔薇と可愛らしく小ぶりな白色のカスミソウ――。それらの茎や葉は折れ、花は散り散りになっていた。ヒールはしゃがみ込み、花束を包んでいた紙にそれらを集め始めた。
「この花、ヒールさんのところで包んだ花?」
皿を片づけている店員の男性が話しかけてきた。ヒールは苦笑しながら頷く。
「はい、そうですよ。夕方に男性の方が薔薇の花束を作ってくれと依頼してきたんです。血相を変えて店に飛び込んできたので、印象に残っていました」
ヒールはこの町にある花屋で働いている。昔から花には親しみがあり、少しでも花に接する機会が多い仕事に就きたいと思った結果の働き場所だった。
すべて集め終えると、紙を包んで立ち上がった。そして男性に向かって口を開く。
「こちらは回収していきますね。使えそうな花は部屋にでも飾りたいと思います」
ヒールは支払いを済ませて、食堂を出た。
暗がりの空を見上げて一息吐く。花に込める力が強くなる。
綺麗に花束を作ったが、このような結末を迎えてしまった。花は何も悪くないのに、人の勝手な都合で――。
唇を軽く噛みつつ、歩き出す。人気のない路地を見つけると、軽く周囲を確認した後に、そこに入り込んだ。
薄暗い中を黙々と進んでいく。路地の半ばあたりで立ち止まり、包み紙を広げた。目を閉じて、そっと触れる。冷えきっていた花が微かに熱を帯びてくる。熱は指先を通じて手のひら全体に広がった。
――花よ、一つとなれ。
心の中で念じると、光り出した。目を開ければ、花たちは光りながら浮き上がっている。バラバラになっていた茎や花びら、葉などが動き、本来繋がっていた位置に移動する。するとさらに強い光を放った。
やがてまばゆい光がやむと、無惨な姿だった花は、一輪の美しい花に戻っていた。ヒールはそれらを見ると、微笑みながら再び紙に包んだ。
その時、何かが倒れる音がした。緩んでいた唇を引き締めて、音のした方に体を向ける。
黒色の短髪の男が、倒れたごみ箱を立たせていた。ヒールは彼と視線が合うと、さらに眉をひそめた。
「誰ですか?」
男は慌てた様子を見せず、ふっと笑みを浮かべて、歩み寄ってきた。
「さっきの食堂で隣の席にいた人間だ。気づかなかったか?」