「二人と一匹が相手……」
護身程度しか短剣を触れないテレーズにとっては、この数が相手となったら逃げるしかない。これだけの至近距離では、得意の弓の利点も生かせないからだ。しかし、魔物に背中を向ければ、あっという間に追いつかれ、襲われるに違いない。
逃げるにしても、魔物は怯ませる必要があると結論づけた矢先、魔物が動いた。噛みつこうとしてきたため、刃の腹に左手を添えて、両手で短剣を持った状態で牙を受け止める。だが、押してくる魔物の方が力は上だった。
見る見るうちに短剣の刃は押され、左手に刃が食い込み、血が滴り始める。歯を食いしばりながら耐えるが、限界に近かった。
不意に魔物の牙が短剣から離れた。予想していなかった動きをされ、テレーズは判断が遅れた。次の瞬間、腹部に魔物の頭突きを受ける。
「……っく!」
まともに攻撃を受け、地面に背中を打ち付けながら転がった。
起き上がろうとすると、魔物がテレーズのすぐ横まで移動していた。少し身じろぐなり、威嚇してくる。しかし、動かなくなれば噛みつこうとはしてこなかった。まるで調教された動物のようである。よく見れば首輪をつけていた。
「……ったく、てこずらせやがって」
男たちが近づいてくる。手には縄が握られていた。
「一緒に来てもらうぞ。テレーズ・ミュルゲ」
名前を知っている。つまり相手は通りすがりの旅人を狙った盗っ人ではなく、何らかの理由があって、テレーズを狙っているようだ。
魔物を睨みつけると、逆に牙を近づけられる。人の喉元など簡単にかみ切ってしまいそうな牙だ。
鼓動が速くなる。
男が近づいてくる。
どうする――
「――こんなところで男二人と獣一匹で女をいたぶるとは、あまりいい趣味じゃないな」
低く、重い、よく響く青年の声。その声には聞き覚えがあった。
男たちは怪訝な表情で、来た道を振り返る。
首元でマントを留めた青年が一人、颯爽と裏路地を歩いてきた。暗がりの中でもうっすらと群青色の瞳が見える。行きの馬車で同乗していた護衛の青年だ。
「お前、何者だ。近づくと痛い目に遭うぞ」
彼は男たちの制止の声など聞かずに、こちらに近づいてくる。
「おい、聞こえねぇのかよ! 忠告はしたからな」
男が一人、青年に近づく。そして拳を作って、上から殴りかかろうとした。
だが、彼は表情一つ変えずに、顔の真横で男の拳を捕まえた。ニタリと笑みを浮かべる。
「これで正当防衛ができるな?」