主人公の医師・義孝氏は、子供のいない華族に養子に入ったものの、実子の誕生で離縁された……と説明すると、かなり厳しい生い立ちのようですが、養家の高辻男爵夫妻はそういう大人の事情に翻弄されてきた義孝氏を、実の子のように気に掛けています。
身の程をわきまえ、控えめで、過分な欲を持たないように生きてきたように見える義孝氏。
けれど、それは彼の本心なのか……いや、おそらくは本心であるのは間違いないものの、「ほんとうにここが自分の居場所なのか」
たくさんのひとが自分を気に掛けてくれているのはわかっているけれど、
「二番手、三番手ではなく、自分を唯一無二の存在だと思ってくれる相手をこころのどこかで求めている」
疑問と渇望をつねにこころの奥底に持っている人物のようです。
そんな彼が、心身を病んだ美しい女性と出会ったとき……近くにあって、遠い、そんな自分と彼女との立場を、気持ちが乗り越えてゆくさまを、どうぞ、作者のしっとりとして熱を帯びた文章で味わってください。
なお、「ハイカラ娘と銀座百鬼夜行」で主人公の「兄」のお医者さまのファンの方は、とくに、もれなくお読みになることをお勧めします!
宮田秩早