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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 星間滑翔

    壬生キヨム
    500円
    詩歌
    ★推薦文を読む

  • 『星の王子さま』と「この世界」を
    テーマにした短歌集です。

    文庫サイズ/48P/106首

    連作タイトル
    ・鍍金星の王子さま(めっきぼしのおうじさま)
    ・兄の番人
    ・星間滑翔

試し読み

【サンプル】『鍍金星の王子さま』(抄) 
清潔なシェルターだった人々は結局滅んでしまったけれど

戦時下の家出に成功した帽子 道で車に轢かれる帽子

金鍍金はがして王子は飛び立ってもうこんなとこに帰ってこない

順番に崩壊のこと発表し ここもまたなくなる直前

コーヒーじゃないものもあると知っていたけれど入らず寄り道をする

あっさりとわかってしまった 人にその部品がないと動かないこと

その季節はときどき光を送り合う向こうの星に住んでるひとと

森にあるたったひとつの椅子の前にあなたは立っても差し支えない

何事もなかったように教師は元通りにしためちゃくちゃ現場を

劇的に滅びた星を牢獄の天文学者が黙っていたこと

どんぐりを拾う瞬間後悔をしているかいと聞いてしまった

からくりで動いている犬 誰からも見えない人と話している人

はじめからなかったことにもできるけど傷の形も気に入っている

【サンプル】『星間滑翔』(抄)
はじまりへ帰還するから 満開の桜の森を教えもせずに

人間の定義に反発するために夜が明ける前に出ざるを得ない

左様なら 治す力はあるけれどわざと残した焼け跡 いくつか

戦火から遠く離れて本当は偵察に飛ぶ番だったのに

たぶん長く苦しむことを知っていても「全部壊れる」ボタンを押さない

死ぬときを見届けるほど懐かせてついに名前を呼ばなかったね

決行の前夜お前が呼びに来てペンを諦め銃を取ること

かつて僕は寡黙な庭師にあこがれて冬を憎んだ それを悔いている

死ぬときは一緒だ 夢で作られた世界の亀裂をともに眺めて

対策を信じるな 叛け まずきみを裏切るものはぼくだと思え

今日がもう最後と思って記述するこれはお前のための言葉だ

一夜にて花畑になれ砂の町 なんて言うべきでなかったね

家並みが尽きるところに住む人を尋ねる 兄には報告せずに

生まれがいを上方修正 勝手に売られた設計図を買う

滅びへと向かう星々。それでも

 この本は、<清潔なシェルターだった人々は結局滅んでしまったけれど>という一首から始まる。
 「清潔な」という言葉と、「滅んでしまった」という言葉の対比が見る人に強い印象を残す一首だ。
 この本には、「滅び」「終わり」というテーマが感じられる作品が多い。
 しかし、最終的には滅びるとしても、そこに至るまでの過程があったこともまた描かれている。

<少しだけ背中を貸してくれないか 心で言って勝手に使う>

 結果だけ見れば、その星々は滅びてしまった。
 しかし、滅びる前の時間には、すべてが終わるという未来を感じながらも、必死に生きた人々がいた。
 そこに「その人」が生きていた証。
 それはまるで、一つの星が消える前に残す、最後の輝きのようだ。
 そんな輝きがいくつもいくつも、この本の中には記録されている。

こうげつしずり

撹乱と距離感

甘えびをきみの小指をかむように昨日の無関心はごめん

そういえば甘海老と小指のサイズ感は似ているなあとはっとする。また「甘えび」「かむ」の、おそらくは平仮名の感によってか、口の中に入れて噛む行為の感触を意識する…。歯でものを千切ることを、いっかいほどいて組み立ててみる。
最後に甘海老を食べたのはいつだったろう。最後に指切りげんまんをしたのはいつだったろう。小さいころはしょっちゅう甘海老のお刺身を食べていて、わたしは好き嫌いが多かったから、食べられるもの、好きなものはそればかり食べていた。口に入れて尻尾を千切って、名前の通りねっとり甘く溶けていく。
「小指」はやはり指切りや赤い糸を連想する。そのように甘海老を「かむ」というのは、親密で秘めやか関係が想像される。本作は「兄の番人」という連作のなかにあり、「兄がい」「弟がい」という語(生きがいとかやりがいみたいな感じで「兄がい」!)を用いた歌と並んでいると、なにか内密の関係の兄弟…と想像する。
この兄弟は架空の兄弟かもしれない。キヨムさんには『作中人物月へ行く』という作品集もあり、いない誰かを身の回りの何かに見出し、想像していると、いる・いないの境目が溶けていく…気がする。
キヨムさんの短歌はどことなく乾いた印象で、センチメンタルだったりシュールさを感じたり、揺らぎがあって、「ひとすじなわではいかない」感じがとても好きです。甘海老を噛むように小指を噛む…のではなく(そういうそのままの官能ではなく)、甘海老を「きみの小指をかむように」そうするというのがいいなあと思いました。そしてそれをちょっと撹乱させるような語順が巧みで、心地いい湿度や距離感はそういうところからきているのかもなあと思います。

オカワダアキナ

言葉で綴る星々の中へ、しずかに堕ちていく

サン=テグジュペリの名作、「星の王子さま」に寄せられた短歌集。
本を手にした少年がしずかに落下していく儚くも美しい装画の本を開くと現れる短歌は、本をひとたび開くことによって物語の世界へと旅をするわたしたちの姿とも重なる。

清潔なシェルターだった人々は結局滅んでしまったけれど

落ちたのに気づいてもらえぬ隣石のまだ生命がうまれる以前

いとしさのあふれる思いだ手首から先がない月と握手をすれば

キヨムさんの切り取る言葉は、静けさと痛みを孕みながら『ここではない風景』を描き出す。
そのひんやりとした、それでいてあたたかな手触りは砂漠でひとりで見上げる星の光にもよく似ている。

きみは本 ではなく別の役割をお店の人から与えられたもの

天使たちの前へならえは一斉につばさを後ろに伸ばす行動

終電しか覚えていない少年といつも始発に乗るサラリーマン

幻想的な世界を夢想するまなざしは、時折、唐突なほどにわたしたちを取り巻く『この世界』へと降りてくる。
人気のない砂漠で美しい王子様と旅をする僕/満員電車に揺られ、日々をやり過ごしながら息を吐く僕
そのどちらもが並行してこの世に生きているのだということを突きつけるかのように。

「星の王子様」はとびきり美しくて優しい、すこし悲しいお伽話だ。
語り手はその儚さとまぼろしのような美しさを、『この世界で生きているからこそ見つけられる』視点でしずかに切り取る。

はじめからなかったことにもできるけど傷の形も気に入っている

ここに閉じ込められたどこか懐かしくもあまやかな痛みは、あなたの『物語』にもきっと寄り添ってくれるはずだ。

高梨來