「――鈴ちゃん、いや、鈴さん。勉強教えてくれませんか」
待ちに待った昼休みの訪れと同時に、隣から重苦しい声が届いた。
「どうしたの。テストの結果よくなかった?」
四時間目の現代文では、先日行われた抜き打ちテストが返却された。私は満点だった。
「よくないってもんじゃないね。現代を生きる日本人だと言えるのか疑問を感じている」
「見せて」
え、マジで? みたいな視線を向けられても困る。渋々といった感じで渡された解答用紙を見てみると、確かに危機を感じる点数だった。
「これが期末テスト本番だったら、夏休みの補習対象になるかもね」
「そんなの耐えられない。高校に入って初めての夏休みなんだぜ?」
「だぜ? と言われましても」
「だから勉強教えてください。ほら、人に教えると自分の復習にもなるって言うじゃん?」
「そうだね、でもそれは教えてもらう側のせりふではないけどね」
「お願いします! 夏休みの間、なんでもひとつ言うことを聞きますから!」
思考回路がぷつりと遮断される。そして復旧したと思うと今まで経験したことのない速度で回り始める。
夏休みに言うことを聞いてくれる。つまり夏休みに会う機会が約束されたことになる。私はなにがしたい。なにがほしい。どこへ行きたい。思いを巡らせていく。
「べ、べつに。行きたい場所なんかないです」
視線を逸しても、なっちゃんが笑いを堪えるのに必死だとわかった。
「じゃあ決まりだ。テスト前はさすがにバイト休みだろ? よろしくね、鈴ちゃん先生?」
私は無言でうなずくことしかできなかった。