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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 狐のいない海

    赤星友香
    1650円
    純文学
    ★推薦文を読む

  • 鈴木優子、30歳。会社を辞めた。過労だった。父の故郷に引っ越してきた優子は祖父が遺したアパートの大家を始める。海沿いの街の穏やかな毎日。平和だと思える日々に慣れてきたはずだった。

    異変は小さく起こりはじめた。神社で出会った男は不思議な話をする。妖怪の話。昔話。どれもこの海沿いの街にまつわるものだった。男の存在感が増してくるにつれ、不動産の事業まわりで不可解なことが発生するようになる……。



    三浦半島と、そこにまつわる歴史・昔話から着想を得て書きました。WEBで連載していた小説を加筆修正しています。書き下ろし掌編付き。



    A5・本文モノクロ・278ページ

試し読み

「エリさん」
優子は声をかけた。
「呪いを解く方法はなんだと思いますか」
 エリさんは軽く片眉を上げただけで、腕を組んだままこちらをじっと見ていた。

「それは許すことなんじゃないかと思うんです」
 優子は言った。普段よりも大きな声を出しているので少し息が切れた。大きく息を吸い込みながらゲンさんのほうをじっと見た。

「私は自覚なくずっと遠野さんに腹を立てていました。謝罪されて、謝罪を受け入れたつもりでしたけど、ぜんぜんそんなことなかった。ずっと怒っていました」
ゲンさんは俯いていてうまく表情が読み取れなかった。

「でも最近周りの業者さんや刑事さんの話を聞いていて思ったんです。本人が抗えないような状況の中で、それでも良心を保つ必要があるとすればどうすればいいんだろうと」

 行く先々で痛めつけられたときに、大きな不正の片棒を担がされたときに、社会的地位も財産も経験もないひとりの人間はどうやったら立ち向かえるというのか。

「昔話のきつねはもしかしたら、自分の理想を達成するために権力がほしかったのかもしれません。でも、お殿様にとってはそれは邪魔だったのかも。そして勝ったのはお殿様だった。悪いきつねと良いお殿様のお話、勝者に都合の良いストーリーに収斂していけば、それぞれに何が起こっていたのかなんて分かりゃしないんです」

優子は再度息を整えた。
「そうやって恨みがあって、恨みが呪いを引き起こして、呪いが復讐を生む連鎖があるのだとしたら」

 まだ確証はない。しかし今優子にできることもひとつしかない。

「その連鎖を断ち切れるのは許すことです。呪われたって許すんです。でもたとえこっちが勝手に許したとしても相手は許されたことが分からない。許したよって伝えなきゃ伝わらない。だから、私は今から許したよって言いに行かなきゃいけないんです。それはエリさんもゲンさんもそうなんじゃないですか」

 沈黙が室内に落ちた。最後の問いかけははったりだった。勘だけで言った。今頼れるものはそれしかなかった。

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「持てる者」と「持たざる者」と。

主人公は仕事によって体調を崩し、退職。
知人の助言もあり、いまは祖父の持っていたアパートをリフォームしてそこの大家兼管理人として収入を得ている。

主人公はある意味で幸運だった。
多少なりとも親族が資産を持っていて、相続争いもなくそれを引き継げ、うまく運用できるように助言してくれる人もおり、居住している店子のなかには彼女と仲良くしてくれる人もいるからだ。

しかし心配もある。
資産価値は落ちていくし、競争相手も出てくる。そこに訪れる「狐」……。

現代、封建時代のような身分制はなくなったものの、「持てる者」と「持たざる者」はこの世界にいまも歴然とある。
そこでは法律を駆使したり詐術を用いたり信頼を勝ち得て取り込んだり……「持てる者」を陥れて、あるいは共存しつつ甘い汁を吸おうとする「持たざる者」がいる。
 ……「持たざる者」は「下剋上」を虎視眈々と狙っている。

昔からあるそういう権力(財産)にまつわる人間関係の物語。
「持てる者」には、「持てる」がゆえに「持たざる者」のうち野心を持つ者が寄ってくる。
本作の舞台をかつて支配していた三浦一族の伝承に絡めて「持てる者」としての主人公の成長を描いています。
主人公の立ち位置はやや特殊なんですが、「軋轢を経て自分が精神的に成長していく」という物語性は普遍的。ラストの明るさもいい。

宮田秩早