「エリさん」
優子は声をかけた。
「呪いを解く方法はなんだと思いますか」
エリさんは軽く片眉を上げただけで、腕を組んだままこちらをじっと見ていた。
「それは許すことなんじゃないかと思うんです」
優子は言った。普段よりも大きな声を出しているので少し息が切れた。大きく息を吸い込みながらゲンさんのほうをじっと見た。
「私は自覚なくずっと遠野さんに腹を立てていました。謝罪されて、謝罪を受け入れたつもりでしたけど、ぜんぜんそんなことなかった。ずっと怒っていました」
ゲンさんは俯いていてうまく表情が読み取れなかった。
「でも最近周りの業者さんや刑事さんの話を聞いていて思ったんです。本人が抗えないような状況の中で、それでも良心を保つ必要があるとすればどうすればいいんだろうと」
行く先々で痛めつけられたときに、大きな不正の片棒を担がされたときに、社会的地位も財産も経験もないひとりの人間はどうやったら立ち向かえるというのか。
「昔話のきつねはもしかしたら、自分の理想を達成するために権力がほしかったのかもしれません。でも、お殿様にとってはそれは邪魔だったのかも。そして勝ったのはお殿様だった。悪いきつねと良いお殿様のお話、勝者に都合の良いストーリーに収斂していけば、それぞれに何が起こっていたのかなんて分かりゃしないんです」
優子は再度息を整えた。
「そうやって恨みがあって、恨みが呪いを引き起こして、呪いが復讐を生む連鎖があるのだとしたら」
まだ確証はない。しかし今優子にできることもひとつしかない。
「その連鎖を断ち切れるのは許すことです。呪われたって許すんです。でもたとえこっちが勝手に許したとしても相手は許されたことが分からない。許したよって伝えなきゃ伝わらない。だから、私は今から許したよって言いに行かなきゃいけないんです。それはエリさんもゲンさんもそうなんじゃないですか」
沈黙が室内に落ちた。最後の問いかけははったりだった。勘だけで言った。今頼れるものはそれしかなかった。