その建物のことを、私に教えてくれたのはイノリだった。
目のあまり良くない私はそれを、ちいさな山かなにかだとずっと思っていた。それほど、建物は壊れ、表面をいろいろな植物に覆われてしまっていたからだ。
そういう、私がずっと小さな山だと思っているものが、この町にはたくさんある。だからイノリが、あそこへ入れるんだよと言ったとき、同じように自分がまだ知らない建物がほかにももっとあるのかもしれないと思って、よけいわくわくした。
建物のドアは、道から見ると裏側の、ひときわ大きな葉と葉が茂るあいだにあった。灰色で、少し割れているが、ぐっと押すとすぐに開いた。
そっと中に入る。通路は暗い。イノリは一歩入ったところで立ち止まって、私の目が薄暗闇に慣れるまで待ってくれた。向こうのほうは、すこし明るいようにも見える。
「下、割れてるから、気を付けて」
「うん、イノリ、手を持ってもらってもいい?」
もう差し出してくれていた手のひらでイノリは私の手をぎゅっと握って、少し広い空間へ出るまで導いてくれた。足もとは灰色の廊下が割れて、石や砂のようなものがたくさん落ちているようだった。動くものはないように見えたけど、できるかぎり慎重に歩いた。
今日は、外はまだあたたかな陽がさしていた。でも、日の当たらないここは寒い。壁もどこか割れているのか、ひゅうっと隙間風が通った。
突き当たりは想像していたより広い部屋だった。窓がいくつもあることに気付かなかったのは外に垂れ下がった蔦のためで、でも内側から見るとその緑色を透かして、ずっとたくさんの光が入ってきているように感じられた。私の目にも、脚の折れた机や壊れた椅子、立ち並んだり倒れていたりする棚のようなものが、しっかりと見えたからだ。
床にはあちこちに、なにかそれぞれ似たかたちのものが、たくさん落ちている。これは、とイノリが言った。
「本、かもしれない」
(収録作品より、伴美砂都「未来」)