【憧れのフレアスカート】
洋裁店の軒先で、それは女の服だからと口早に言われ、強く腕を引かれたあの日。男だがフレアスカートのワンピースを着たいと思い続け早六十年。
時は過ぎ、好きな服は好きに着ても良いのだとSNSや本は言う。
しかしここは片田舎。年寄りには都会に行ける体力もなし。そんなある日、町に魔法菓子店が出来た。大目玉は「天使のケープ・ラム」を使った、服装変化の魔法菓子だ。
「思い通りの服装を、ほんのひととき彩ります」
意を決して口にする。サクサクのメレンゲと甘いバニラの香り。年を取った体にはやや重たいが、心は期待に跳ねる。
鏡の前には、憧れのフレアスカートをまとった自分の姿。
いつ天使のお迎えが来ても構わんさ、とひとりごちた。
【カラカラと落雁の活字は鳴る】
ある日、縁遠くなったと思っていた友人から手紙が届いた。
封筒の中には、カラカラとした、小さな活字金型のような落雁とカードが入っていただけ。
友人が魔法菓子職人になったと聞いたのは、何年前だろうか。
「君に食べてもらいたくなったので、贈ります」
落ちぶれた小説家に活字とは、嫌味なのか。しかし、友人の天然ボケした顔を思い出し、気が付くと口にしていた。
ほろりと溶ける落雁の味は優しく、清涼感があるのに、甘さがしみ込むようだ。
なぜこんな上品なものをと考えていると、
『君の中にある物語が大好きだよ』
と、活字が脳裏に浮かんだではないか。
――こぼれた涙が真白なノートに落ちる。握る気が起きなかった万年筆へ、手を伸ばした。