表題作『月と街灯』より抜粋
「ねえ、あなたはそんなところに独りでいて、寂しくないの?」
「僕は街灯ですから、ここにいることだけが仕事です。寂しいと感じたことはありません」
「そう、そうなの……。私はね、どきどき寂しくて寂しくてどうしようもないときがあるの。そういうときは地上を見るようにしているわ。人間たちが私を見て、きれいだって言ってくれるから。そうすると、寂しいけど、もう少しがんばろうって思えるのよ」
街灯は、自分よりもずっと年上の月のことを思った。今までの街灯には想像することすらできなかったが、月は本当に長い間、ずっとひとりで空にいたのだろう。
「あなたがいてくれてよかった。ここにあなたがいてくれる限り、私は寂しくないもの」
そう言って、月は小さく笑った。そして次に口を開いたときには、いつもと変わらない彼女の声に戻っていた。
それからの日々はあっという間に過ぎた。街灯が設置されてから何十年もの時が経ち、古くなってしまった街灯は、ついに撤去されることになった。
昼間のうちに撤去され、街灯はどこかに運ばれていく。空を見上げても、月の姿はどこにもなかった。
もう月に会うことは出来ない。そう思うと、街灯は生まれて初めて寂しさを覚えた。
「僕が一度も寂しいと思うことがなかったのは、あなたがいてくれたからだったんですね」
街灯は、月に感謝と別れの言葉を贈った。
その言葉が月に届いたかどうかはわからないけれども。