扉を軽くノックする。
「ハーネット警部。おはようございます、クライブです」
返事はない。この部屋の主は一度の呼びかけで応じた試しがなかった。それはジョエルも承知の上でドンドンドンと断続的にノックを繰り返す。
「警部、朝です。仕事をしましょう」
扉の向こうは沈黙したままだ。ジョエルは深々と溜息をつき、観念したように言った。
「――アリシア、中に入れてくれないか。署長から直々に捜査命令が下った」
するとようやく部屋の中から音がした。少し待っているとドアがぎぃっと音を立てて開く。
「クライブさん……」
一言で表すならば、人形のような少女だった。
踏み荒らされる前の雪のような白い肌、腰の長さまで伸びた黒髪は絹のような光沢をしていて、大きな双眸はまるで深淵を覗いているかのように黒く、気を抜くと吸い込まれそうなほど美しい。縁に金の刺繍が入った紺色のケープの下にレース付きの白いブラウス、スカートはケープと同じ素材のもので揃えられていて、これまた彼女によく似合っていた。細い足はグレーのタイツに包まれており、足は革素材で編み上げのショートブーツを履いている。
アリシア・ハーネットはつま先をもじもじとすりあわせ、腕の中のクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「あの……今ちょっと忙しいんですけど」
「何か面倒な仕事でも?」
「いえ。ゲーム・オブ・ザ・デッドのラストシーズンを観てて……」
共州国全土で人気の連続ドラマである。アリシアはこの事務所に住み着いており、日がな一日テレビを観たり本を読んだりして、誰とも会わず外にも出ない。つまり警察署内で引きこもり生活を送っているのである。カーター署長がそういう条件を提示してスカウトしたらしい。最初に出会った頃は滅茶苦茶だ、と驚いたが、彼女と仕事をするようになって半年、こんな状況にももう慣れてしまった。
ジョエルは心得たとばかりに一つ頷いた。
「ゲーム・オブ・ザ・デッドなら結末を知っいてる。教えようか?」
「そんな堂々とネタバレすることってあります!? 絶対やめてください!」
「なら捜査に行こう」
「あと三話だけなんで、そこをなんとか」
ジョエルは引きつった笑みの形に口元を歪めた。
「そうか、わかった。だがこれだけは聞いてくれ。??とりあえずケイトは死ぬぞ」
「いやあああああっ」