江ノ島電鉄の極楽寺駅から長いだんだら坂を上った先に、その古びた洋館はひっそりと佇んでいる。
まず目に飛び込んでくるのは、煉瓦造りの外観だ。よくある煉瓦調の壁面タイルなどではなく、本物の煉瓦が積まれてある。その一つ一つがくすんでいたり、角が欠けていたり、へこんでいたりと、自らが経てきた長い年月を主張していた。
アーチ状の庇の下にはアイボリー色の玄関ドアがある。ドアにはダイヤ形の小窓がついており、まるで玩具の人形が住んでいる家のような可愛らしい印象を受ける。
向かって右側には突き出た一階から二階まであるサンルームが塔のように張り出している。三角屋根は濃い鈍色、今は使われていないが西側の屋根からは煙突が生えていた。
それからもう一つの特徴といえば、建物の壁とその手前にある門や敷地を囲っている柵を、埋めつくさんばかりに覆っているつるバラだ。アイスバーグと呼ばれる品種で、今の五月の時期になると一様に真っ白な花を咲かせる。つると葉が持つ濃緑と白い花弁のコントラストはいつ見ても鮮やかで、それがガーデンアーチをぐるりと取り囲むように生えている様は圧巻だ。元々丈夫で育てやすい種類ではあるものの、世話を頑張ってきた甲斐があったと胸が弾む。
一ノ瀬(いちのせ)咲子(さきこ)は僅かに熱を帯びてきた初夏の日差しを避けるように、洋館の作り出す日陰へと入った。鎌倉の東急ストアで買ってきた食料品が重りのようにじっと咲子の両腕を苛んでいる。坂を上っている時はそうでもないのに、止まった瞬間に汗が噴き出すのはどうしてなんだろう。額を拭っていると、両足の小指がじんじんと痛むのを思い出して、新品のミュールを下ろさなければよかったと後悔した。
門扉を押して、洋館の敷地の中へ入る。つるバラの葉が覆うガーデンアーチをくぐると、爽やかな草の匂いが鼻先を掠めた。玄関を前にして咲子は途方に暮れた。ああ、どうしよう。両手が塞がっているし、どうやってドアを開けようかな。袋の中身は食料だから地面に置くのは気が引けるけど、でも??
そうやって逡巡している間に、ドアの内側からがちゃりと音がした。
まるで咲子の悩みを先回りしたかのように玄関が開いていく。
ドアの中から顔を覗かせたのは一人の少年だった。