大丈夫、大丈夫だ。そう言い聞かせる。心配事はすればするほど膨らむけれど、でも今日の空はあんなにもよかったんだから。きっと、あの日と同じ風景がそこにある。
「……たぶんね」
魂を放り投げるつもりで、取っ手にかけた指に、力を。
重たいけど、開いた。
そして……。
埃と紙の匂い。ソファ、それからカーテンが揺れる。窓際に見える腰丈の本棚。
……そこに、半袖ブラウスの上にカーディガンを羽織った生徒が、本を読んでいた。
横を向いて片膝を立て、スカートの裾が棚から垂れる。窓のサッシに肘を付け、憂いに満ちた視線をページに落とす。そしてその横顔の先に、空と……ああ、海が待っていた。
その海は、恋をした海、そのものだった。
生徒は、ぺら、とページをめくった。その指先は、ここからじゃすごく遠いとこにあるようだけど、でも、きれいで、爪にはうっすらマニキュアが塗られているように思えた。それに、その手元に落とす視線と、その短い黒髪から覗く首筋が、
「好きです」
そう口にしてしまうくらいには素敵に思えた。目が合ったら、もしかしたら惚れちゃうんじゃないかってくらいの細い顔立ち。それと細い脚。上履きの色は赤色で、二年生の先輩らしい。
ふと、生徒の視線が本から外れた。黒い短髪がわずかばかり揺れた。そして視線はこちらのほうへ。目と目が合う。まるで想いが伝わったみたいな、そんな偶然。いや奇跡だった。
生徒は少しだけ驚いたような、それからいたずらを仕掛ける少年じみた、そんな笑みを浮かべた。一瞬男の子か女の子か分かんなくなって、それからその笑みに射抜かれて、ぶるっとからだが震えたのだった。わたしは、この先輩のことを、見ているんだ。
……待って。先輩の表情が、視線が、どこかおかしい。
自分自身の行動を振り返る衝動に駆られる奇妙なオーラがあった。意を決して図書室の扉を開けたあとで、わたしはなにをした? 考えろ、考えろ……。
そして頭をひねった途中で、ふと気がついた。
喉に残る、しこりのような、残響感。
自分、なにかしらの言葉を口に出しまったのではないか? なにを言葉にした?
耳に馴染みのある言葉は、そう、「好きです」の四文字。
風が揺らいだ。
「初めましての挨拶で告白する人、初めて見たよ」
図書室の先輩は、ククっと笑い声を洩らした。
その笑った顔がカッコよくてかわいくて、ときめく自分に戸惑いながらも、主だって考えるのは、左の一行のみ。
シンプルに、死にたい。