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あまぶんウェブショップ

販売は2021年7月31日をもって終了しました。
たくさんのご注文をありがとうございました。
  • 暗夜にぞ輝く

    壱岐津 礼
    1000円
    エンタメ
    ★推薦文を読む

  • 異界の神は、失った一つの眼と花嫁を求めていた。
    求めに応じて奔走する神の使徒。それを密かに阻止しようとするまた異なる神。そして現し世の夜を徘徊する吸血鬼たち。
    絡み合ういくつもの運命の糸はボストンの夜に交差した。

    未履修でも楽しめますが、クトゥルフ神話を知っていると一層味わい深くなります。

試し読み

「あら」声は黒い女の唇からこぼれ落ちた。艷やかな声に相応しい、艷やかに赤い唇だった。同性の目にも蠱惑的な。
「お客様がいらしたのに、教えてくれなかったのね」ネッド、と、これはおそらく男の名だ。柔らかくも咎めだてる響き。
「マダム……」呼びかけに応えた男の顔色は蒼白だ。恐怖に竦んでいるかに見える。愛理の身も竦んだ。
「可愛いひと」女は今度は確かに愛理に向かって声をかけた。「戻ってらっしゃい。ここは目的の駅ではないのでしょう?」
 思考するより前に身体は動いていた。ホームに下ろしかけていた足を戻した。目の前で扉が閉じた。列車は再び動きだした。愛理を閉じ込め、運び始めた。駅の淡くも心強い灯りを後に、闇深い地下線路の伸びる奥へ。
「わたくしの方をご覧なさいな可愛いひと」
 言われるままに向き直っていた。女が、顔の上半分を隠していたストールの垂れ下がった端に両手をかけた。一動作のうちに引き上げ、寛げ、引き下ろした。肩まで。
 波打つブルネットに縁取られた白磁の美貌が露わにされた。二つの熾火が見えた気がした。優美な曲線を描く眉の下。睫毛に縁取られた瞼の間に。
 意識はそこで途切れた。

吸血鬼とクトゥルー神話を見事に融合させた物語。

 予備知識なしでも問題ないと思います。もちろん、両方知っているとそこかしこに聞いたことのある名前が出てきて転げ回ること間違いなしです。
 暗躍する「公」、哀しみを秘めてただ夜を生きる「コンテェサ」。手を汚さずにすべてを操ろうとする無貌の神。
そして、自身の目を求めるヨグ=ソトース……すべての鍵は輝けるトラペゾヘドロン……
 って、これを全部盛りで調理できる人がいらっしゃるんだっていうのがまず驚きでしたね! しかも面白い。伝奇小説であり、秘やかな愛の物語でもある。
 非常に個性豊か……というより、能力的に厳ついキャラクターが揃うなか、自身の与り知らぬところでその身を争奪される主人公は、人格的にも能力的にも非常に「普通」の娘さんなのですが、周りで暗躍する人々(半分以上は人外)がそれぞれに濃いゆえに、無垢さの際立つ存在として、キャラが立っています。
 そしてこの無垢さゆえに、ラストの彼女の選択が美しく、哀しく、かつ満ち足りたものとして読者に訴えかけるのです……
 では、主人公の周囲が邪悪……何者かへの悪意に満ちた人々なのかと言えばそうではなく、自身の望むところに純粋であるだけなので、やっていることはなかなか酷かったり死者数が半端なかったりするのですが、どの登場人物にも、読者が「好感」できる隙があります。
 壱岐津礼さんの御本を手に取る最初の一冊としてオススメ。

宮田秩早