出店者名 孤伏澤つたゐ
タイトル 海嶺谿異経
著者 孤伏澤つたゐ
価格 450円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
マッコウクジラ、ナガヅエエソ、ザラビクニン、ユメナマコ……これは、光すらとどかぬ闇の底のものたちが語った神話や説話をあつめた本です。

 おや、久しぶりの来客だ。私はユキオカ。ここは私の研究室だ。
 よくたどりついたね……ノーチラス? あれは、君のような大きさのものを運べただろうか?
 ノーチラス、――潜水艦。なるほど。陸にはいつのまにかそんな文明が生じていたのか。私がかの地にいたのは、もう何億年と昔のことだからな。こんなからだで、どうやって? と。
 ふふふ、いまはね、いまはこんな、十本の手指と足指を持っているが、昔は違ったんだ。十本脚で半透明の、うつくしい姿をしていたのだ。
 ……年長者の話はつまらないかね。そうだろう、私もそう思っていたよ。ペンギンやクジラ、老いぼれどもの話に耳を傾けることになんの意味があるのか、とね。
 だが、最近では後悔している。かれらの言葉は歴史であり、創世そのものであったのだ。
 ああ、あの言葉の数々! ひとつひとつが、失われた太古、とおりすぎた郷里、それらを偲ぶ唯一のよすがであったのに!
 私のこの耄碌し欠けてしまった脳の記録では、とりこぼしてしまったものが多すぎる。
 光すらたどりつけぬ闇の深部にたどりついた君に、これをあげよう。
 いまでは完成することのない書物だがね。
 みずからの職務を放棄し、老いぼれの言葉を繰り言と侮った語り部が、足りぬ部分を夢と空想で補完し、それでもなお欠損ばかりの、な。
 さあ、ゆきなさい。
 きみはまだ命の死骸の降るのを雪と呼ぶには若すぎる。清浄なるH2Oの結晶の降る、陸へお帰り。