| こうして身も心も失って抱きしめる手も温もりももうないけれど
 すべての記憶が一つになって
 星もきみも僕も同じになった
 
 いま僕たちは傍に居るのかな
 きみのすべてを知っていて
 その名前さえ知らない
 
 「冬の夜の寓話」より
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 九歳。
 
 近くの家で火事があった。兄弟が喧嘩をして、一人が家に火を放ったということだった。消防車の放水が始まっても火の勢いは衰えず、数時間のうちに家屋のほとんどを燃やしつくした。
 僕たちは家族揃ってマンションの8階のベランダからそれを見ていた。母さんは「煙臭くならないかしら」と言って、父さんは「すごいなあ」と感心していて、僕はその異様な大きさの炎が不安で恐かった。母さんは「でも、恐いくらい綺麗ね」と言った。
 
 その時、なんだか体が熱くなってくるような感覚がした。頭がぐらぐらと揺れ、ふと気づくと僕は仰向けになっていた。体を動かすことはもうできなかった。息がまともにできず、肺の奥に鋭い痛みがあった。喉はぜえぜえと鳴った。すると目の前に、さっきまで眺めていたはずの恐ろしい色の炎がせまってくるのだった。それはマンションから見下ろすよりもはるかに大きく、視界に入りきらないほどに渦巻いていた。バチバチと何かが爆ぜる音が聞こえた。もうマンションはなくなっていて、野次馬気分の父さんも、煙の心配をする母さんもいなかった。
 
 「お前が火をつけたんだろう」という声がどこかから聞こえた気がした。目をあけていることができなくて、涙がぼろぼろとこぼれた。自分が何を感じているのかはもう分からない。今までに感じたことがないくらいに情けなくて、何故だか感動しているようでもあって、叫び出したいくらいに恐くて、どうしようもなく不安で、それでも最後に見えたのは、今まさにその目を燃やそうとせまってくる、今までに見たことがないくらいに美しい火だった。その火に身も心も焦がされて、きっと僕は死ぬのだろう。
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