出店者名 彩村菊乃
タイトル 印象派試し読み無料配布冊子
著者 彩村菊乃
価格 0円
ジャンル エッセイ
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紹介文
8月27日の尼崎文学だらけで頒布予定の随想散文集「印象派」の試し読み無料配布冊子です。
つれづれなるままによしなしごとを書き綴ってあります。

十二月のシルエット


 一気に季節が進み、木枯らし一号が曲がり角を駆け抜け、冬将軍が秋を討伐。今朝はどのセーターを着ようか、マフラーの結び方を変えてみよう、明るい色のコートが欲しい(だって、みんな黒っぽい外套を着て、寒さに首を縮めて歩いているから)、タイツが伝線しちゃった、手袋をしているとき手をつなぎたくなったらどうしよう。ぐるぐる巻きのマフラーから女の子たちが顔を覗かせて、デパートからはジングルベル。教会にクリスマスツリー、ラム酒の入ったチョコレートボンボン、恋人たちは寄り添ってその時を待つ。ひとつの手袋を二人ではめて。
十二月はうつくしい月だと思う。一切の幸せをあつめてつくられた月。

 私は雪国に生まれた。この時期になるとお山はてっぺんが白くなることが多くなって、外で飼われている犬たちも白い息を吐くようになり、人間は干し柿がぶら下がった窓から灰色の空を見上げる。天気はだいたい曇りか雨か雪で、晴れることは珍しい。雪の降った日の朝、太陽が出ていると、私は心底うんざりした。だって、一面真っ白になって、全然目が見えなくなるのだから。雪のかけらが飛び込んできたみたいに、閉じた瞼の裏でちくちくする。灰色に慣れきった私にあの新しい生まれたての白はまぶしすぎるのだ。
 朝起きたらまずストーブの上にスキーウェアを吊るし、肌着は掘り炬燵に入れてあたためておく。雪国の子どもたちはスキーウェアを着て登校するのが常なのだ。そうしないと、学校に着くまでに全身ずぶ濡れになってしまうから。ランドセルの隙間から雪玉が入って、何度も教科書を濡らしてしまった。ぶわぶわに波打った教科書は、たくさん雪遊びをした証拠。


 二月になるとお正月前に買ったみかん箱もすっかり空になり、二箱目か三箱目を数え、さらに八朔の入った段ボール箱も加わる。私と弟は八朔の好きな子供だった。それは父が好きな食べ物だったからで、幼い頃は何も疑うことなく、父の好きな食べ物は美味しいものだと、思っていた。七歳と五歳の子供がいても、ジャワカレーの辛口を使う家だったから。その頃は、子供扱いされないことが嬉しかったのかもしれない。今でもカレーは辛口が好きだから、三つ子の魂は二十年以上経った今でも受け継がれているということか。たまにカレーを作るとき、父の顔を思い出すのはこのせいだと思う。
(つづく)