出店者名 にゃんしー
タイトル 田中建築士の家
著者 にゃんしー
価格 800円
ジャンル 純文学
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紹介文
目を覚ますと、わたしは箱庭のなかにいた。
天井のステンドグラスからやわらかいヒカリが降りてきて、
わたしの身体を守るように包んだ。
何の音も聞こえなかった。
何もなかった。
わたししかいなかった。
ああここは、世界だ、そう思った。
わたしを無視する世界なんて有りはしない。
だって世界には、わたししかいないんだから。
きっとそれが「家」なんだ。

――ふしぎな町「汐音」にある田中建築事務所でくりひろげられる、
サクラ、ヒカリ、シユウ、ウサギ、ノアそれぞれの家をつくるための、
すこしながい物語。

 田中建築士と飲んだ。
 田中建築士を飲んだわけではないので、田中建築士はまだそこにいた。
 田中建築士が山崎まさよしなら「僕はここにいる」という曲でも歌ったはずだが、田中建築士は山崎まさよしではないので、黙っていた。
「夏ですね」
 わたしが、ホッケを開きながらそう言うと、田中建築士は、
「ホッケを開くときは黙っていてくださいよ」
 と言った。
 酔うと説教臭くなるのは、田中建築士の悪い癖だ。
「ホッケを開くことは、世界を開くことに似ているね」
 そんなことはふたりとも言わなかったので、無かったことになった。
 世界の端っこの、汐音村のまた端っこにある、寂れた海の家で。
「命を作れよ」
 という声が聞こえたなら。
 わたしたちは服を脱ぎ裸になって、潮が引くまで乱れ合った。