田中建築士と飲んだ。 田中建築士を飲んだわけではないので、田中建築士はまだそこにいた。 田中建築士が山崎まさよしなら「僕はここにいる」という曲でも歌ったはずだが、田中建築士は山崎まさよしではないので、黙っていた。 「夏ですね」 わたしが、ホッケを開きながらそう言うと、田中建築士は、 「ホッケを開くときは黙っていてくださいよ」 と言った。 酔うと説教臭くなるのは、田中建築士の悪い癖だ。 「ホッケを開くことは、世界を開くことに似ているね」 そんなことはふたりとも言わなかったので、無かったことになった。 世界の端っこの、汐音村のまた端っこにある、寂れた海の家で。 「命を作れよ」 という声が聞こえたなら。 わたしたちは服を脱ぎ裸になって、潮が引くまで乱れ合った。
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