「聞いてもいいかな。あなた、レイミー?」 少女は少し考えて、 「……タブン」 小さな声で答えた。曖昧な返事。少女は何かを考えているようにも見えたがバツの悪そうな顔をするだけではっきりとした答えを返そうとはしない。伝える言葉が見つからないのだろうか。それとも答え難い事情を孕んでいるのだろうか。すっかり洗い終えた髪をタオルで巻いても答えは返ってこなかった。 「事情は解らないけれど、あなたのことはレイミーと呼ぶわ。それでいい?」 新たな問いに少女は、レイミーは救われたとばかりに大きく頷く。汚れの落ちきった顔にやわらかな笑みが溢れる。 「レイミー、この羽は洗ってもいい?」 人間にはないその器官を控えめに指さすと、頷きと同時にゆっくりと羽が動いた。まるで木だ。小さな枯れ木が背中に二本しっかりと根をおろしている。枝が広がる。石鹸をつけたブラシではじめは恐る恐る、その堅さを確かめて以降はごしごし磨くと泡だらけの羽がさらに大きく揺れた。飛び散る泡。浴槽に、ステラの頬に、それからレイミーの鼻の頭に。間抜けな顔を互いに見合わせそれから笑って湯で流す。 レイミーは気持ち良さそうにぼんやりと宙を見ていた。恐ろしく獰猛で野蛮なはずのシディーはいまや無防備に寛いでいる。 すっかり綺麗になったレイミーが身体を拭いている間にステラは棚の奥に隠すようにしまってあった香料を取り出した。どこか気恥ずかしくて、けれどどうしても欲しくて。祖母に内緒で買ったものの使う機会を失っていた薔薇のオイルをレイミーの羽につける。匂いに気づいたレイミーがぱたぱたと羽を動かすたびに広がる香り。枝のようなその羽に花でも咲いたかのように香った。 「心を許さないで」 祖母の言葉などもう頭にはない。ステラは美しい友人に夢中だった。
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