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二〇一号室の患者様は病室から出 |
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幼い子に物語を読み聞かせようとするとき、大人たちはどうしてか「無垢で純粋で、けがれのないもの」を与えようとする。 その子がいま、足をつけて呼吸をしている世界が、けっして純粋で優しさだけに満ちていて、悪意が一切ない世界でないということを、痛切にわかっていながら、それでも、毒を含まないものを与えようと。 物語の受け取り手である子供ではなく、物語の与え手である大人自身がこの世界を、自分の生きて積み重ねた時間を否定する行為のようだ、と思う。 センチメンタル・ホスピタルは、そんな大人のための書物だ。 無垢で純粋で、一切の悪意を排除した「善き書物」を幼子に与えてしまおうとする、愛しく滑稽な不安にこたえる本、と言っていいかもしれない。 この病棟に入院している患者たちはみな、「世界は善意とやさしさに満ちている」書物を大人からもらって成長してしまったこどものように無邪気だ。物語で知った世界と、実際自分が生きることになった世界とのギャップに驚いて、躓いてしまったこども。 生身の足が踏み、生身の肺が呼吸し、肉眼が見る病棟の外は毒に満ちている。 先生は回診する。無垢に創り上げられてしまったその人の「世界」に、毎日一滴ずつ毒を含んだ点滴をする。 患者が生きづらい世界に順応できるよう。生きづらい世界でなく、「こうあるべきだった無垢な世界」へ行くために。 | ||
推薦者 | 孤伏澤つたゐ |