出店者名 斜線
タイトル 都会と森と、それから砂漠
著者 斜線
価格 350円
ジャンル 掌編
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紹介文
2016年発表の短編集。
どうしようもない人々に起こる奇跡や怪異についての物語5編。

私が持て余してきた凶暴な母性愛の集大成。
生きにくそうな人々を無責任に愛した結果生まれた物語です。私はあなたを肯定したい。

<収録内容>
「バニラ」
都会の女と不特定多数の男たちの話
「トキシン」
森の魔女と実在しない王子さまの話
「バタフライ」
都会(の裏側)の男と醜い天使の話
「ピース」
都会の女と軽薄な死神の話
「メデューサ」
砂漠の女と彷徨う青年の話

2016年11月23日発行 B6中綴じ製本 全38ページ

 鏡のように磨かれた黒いテーブルの上に円柱型の缶が置かれており、その中にはびっしりと煙草が詰められている。骨ばった男の指先が一本の煙草をつまみ上げ慣れた手つきで火をつける。火のついた先端がジジ、と小さな音をたてながら赤く光り、深く吸い込まれた煙はゆっくりと吐き出される。男は黒いフードをすっぽりとかぶり、そのせいで顔の上半分が隠れていてる。彼は煙草を挟んだままの手で、向かい合って座る女の方を指す。
「リサ」
 男は女の名前を呼び、煙草に口をつけてもう一度煙を吐く。まだ火をつけたばかりのはずなのに辺りは白く煙っている。
「俺のものになれよ」

 その言葉の直後、リサは目を覚ました。頬杖をついたままうたた寝した数分の間にみた夢だった。テーブルの向こうには誰もいないし、缶入りの煙草もない。それなのに、辺りにまだ白い煙がうっすらと漂っているような気がして、彼女は思わず目の前を払った。フードをかぶった男の声と、笑みをたたえた口元を思い出して彼女は身震いした。彼の姿形を思うと「死神」という単語が頭に浮かんだ。それが官能的な甘ったるさを含んでいることに気付くと、彼女は眉間にしわを寄せた。彼女はここしばらく、まともに眠れていない。今も、粘度の高い液体の中からやっとのことで這い出たようなずっしりとした疲労が身体にまとわりついている。
(「ピース」冒頭より)