プロフィール(~2012年)

■略歴(とかいってめっちゃ長い)
大学が京都の大学だったので、最初の活動場所は京都だった。

2005年の11月に、「K.S.W.S.」というオーディエンス参加型バトルイベントにエントリーしたのがきっかけ。
バトルイベントはそれからいくつか出たけど
成績はあんまよくなかったと思う。
(当時バトルイベントが流行ってた。新宿ならS.S.W.S.、横浜ならY.S.W.S.、大阪ならO.S.W.S.)
猫をモチーフにしたパフォーマンスをやってました。

2006年の1月に「花形朗読詩人会ENTA!」というワークショップに参加。
朗読詩人として活動することになる。
この頃書いてた詩は今とは違う意味で「恥ずかしい」んだけど
いくつか今でも面白いと思う詩も出来た。「子供をつくろう」「アキとネコ」とか。

2007年は「ENTA!」が終わったけど、詩の朗読は「ポエトリー・リーディング」なんてかっこいい名前がついて
流行ってたので、いろんなイベントに呼んでもらえた。
同時に、イベントの主催もいろいろした。
詩のイベントの主催者は他にもたくさんいて、みんなで集まって一大イベントをすることになった。

それが2007年10月の、「京都ポエトリー月間」。
日本の存命の詩人の中では、
一番有名と言ってもいい谷川俊太郎さんに朗読してもらう「俊読」というイベントをメインに
京都で詩の朗読イベントを打ちまくるという派手なイベントだった。
(ちなみに「俊読」はこの月間のオリジナルイベントではなくて、
元々詩人の桑原滝弥さんが主催してたものをお借りして、京都を舞台にやってもらったものです)

他にも「KCL」「ポエのり」「ポエキャバ」「京都ポエトリカンジャム」「K.S.W.M.」などなど
いろんなイベントが目白押しで、詩人界隈にとってはすごく恵まれた月間だったと思う。

ただ2008年春には就職が控えていたので、
関東vs関西のバトルイベント「合戦!」(東京の詩人馬野幹さんと共催)を置き土産に
京都の詩の朗読シーンからは手を引くことになった。


2008年春からは、大阪の会社に就職したが、
何故か一軒家に住みたかったので、尼崎に家を借りた。
詩人としての活動は継続していたけど、まだ大阪に活動拠点を用意できていなかったので
京都のライブハウスでパフォーマンスするのが常だった。
この頃には、ただ詩を朗読するというスタイルに個人的な限界を感じていたこともあって、
音楽に合わせて朗読するスタイルを作り上げていた。
「あのころ」「般若心経がとまらない」「ゆーぐれ。」「1+1」なんていう作品が生まれた。

京都のライブハウスでの活動は、あまり良くなかった。
距離が遠かったので金銭的・時間的負担もあったし、
京都を離れる友人が多く、お客さんも集められてなかった。
ライブハウスにも迷惑かけたと思う。
ごめんなさい。


2009年の春に、何の気なしに近所の公園に行った。
これが尼崎市記念公園。
特に理由はなくて、「近かったから」と「野外用のアンプがあったから」。
ちょっと野外パフォーマンスでもしてみようかと、軽い気持ちで行った。

そしたら、めちゃめちゃ楽しくて、びっくりした。
野外という開放感もあってノレたし、なんか、お客さんにウケた。
「ウケる」という感覚は、新しい発見だった。

それから、尼崎市記念公園をメインに、路上ライブをたくさんすることになる。
新曲も、路上向けの作品をと考えて作った。
踊りを入れたりとか、変顔を入れたりとか。
初期でいえば「ピラミッド」、後期でいえば「AKB」なんていう作品が該当する。
動きをつけられるように、スピーカーも床置きのじゃなくて、おなかに付けた。
もう朗読ではなくて、なにかよく分からない新しいパフォーマンスになっていた。

誰かに「芸人ですか?」と聞かれたので、「そうです」と答えた。


2011年9月に、1年後の中国行きを聞かされることになる。
(実際に確定したのは2012年の春頃なので、それまではやきもきしてたし、発表できなかった)

なので、今は路上ライブは休止しています。
2012年4月14日(土)に、(たぶん)中国行き前最後の路上ライブをやりました。
今まで、お客さんにいろんなものをもらって、もらい続けてきていたけれど、
やっと何を返すことができるのか、分かった気がします。
それは作品にして、3年か4年後、中国から帰ってきたときに、見せることができたら。

これからもよろしくね。


■主な作品
・あのころ
・1+1
・ピラミッド
・ワリカン!
・いちばんぼし
・モンスター
・牛乳
・AKB
・おやすみ


■主な主催イベント
N.S.W.F.
K.S.W.M.
合戦!(馬野幹さんと共催)
Live of Love
ポエトリーリーディング大阪
ポエットモンスター
言葉でハートを打て!

■ほかのイベント
イベント一覧


■主な出版物
・空は青くなかった
・水晶山
・放課後パレット
・OTOSO
・京都ダイナマイト(「アキとネコ」のみ掲載)



プロフィール(2013年~)

■略歴(とかいってやっぱり長い)
北京語言大学での4ヶ月の語学研修を経たのち、転勤で台湾に行った。

台湾での生活はそんなに悪くはなかったけど(とりあえず給料はものすごく多かった)
路上ライブができなかったのはしんどかった。
誰も笑ってくれない。
それに、台湾で路上ライブするには免許が必要だった。
ライブハウスに音源を持ち込んだところ、
「君のパフォーマンスは、言葉が通じないと意味がないだろう?」
と言われた。
そうだ。だってベースは「ポエトリーリーディング」なんだから。
完全に見抜かれてた。

家にこもる日が増えた。
家でできることはそんなに多くなかったので、小説を書き始めた。
最初に書いたのが「キャンディと王様」。
尼崎で女の子たちが草野球する大衆小説だ。
小説を書く力加減がよく分からなかったので、気がついたら40万字を越える作品になっていた。
というよりも、書きたかったんだろう。
尼崎も女の子も野球も、僕が日本に残してきた狂おしいほどのノスタルジーだった。

そのままいくつか小説を書くことになる。
どの小説も結局のところノスタルジーだったのだと思う。
詩人として過ごした日々を思い出して書いた「ポエムの墓」。
少年としての不足を書いた「ともだちの国」。
ふるさとのおかしな海を書いた「赤ちゃんのいないお腹からは夏の匂いがする」。

台湾のことは何も書かなかった。
たぶん書けなかったんだろう。
これからも書けないし、書かないと思う。

3年して、日本に戻った。
日本に帰ってからも、小説は書き続けた。
公募の賞にも応募したりして、1次予選なら通ることもあった。

いつの間にか、路上ライブをしなくなっていた。
する理由を見失っていた。
ときどき路上に立つことはあったけれど、続かなかった。
ライブの依頼は全部ことわった。

台湾にいて失ったものはそんなになかったけれど、
もっとも象徴的だったのは「路上ライブする理由」だったのだと思う。
そしてそれは取り返せないものなのだと思っていた。
台湾にいて失われた他のものと同じように。

2018年3月31日も、そんなありふれた、とくに理由のない路上ライブの日だった。
あいかわらず、そんなに多くの人には見てもらえなかったと思う。
なんとはなしにうたって、おどって、帰ろうとした矢先だった。
通りがかりで路上ライブを観てくれた上品なおばさまに、こんなことを言われたのだった。

「もっと多くの人が観てくれる場所でやればいいのに。せっかくみんなを笑顔にできるのだから」

言われたしゅんかんはなんとも思わなくて、
なんとなく愛想笑いを浮かべて、「ここが好きなんです」ぐらいの返事をして
お別れしたと思う。
でもそれから、路上ライブを毎週するようになった。
少しずつ曲を増やしていった。
観てもらえることが増えた。
笑ってもらえることが増えた。
ライブハウスにも出るようになった。

おばさまの一言が特別だったわけじゃない。
でも、特別じゃなかったわけでもない。
それは路上に立ち続ける僕の背中を押してくれた全てのものたちの
あくまで1つにすぎないけれど、まちがいなく1つではあった。

僕を観て笑ってくれる人がいる。
それだけが、僕が路上に立ち続ける理由だった。

思い出すワンシーンがある。
もう10年ぐらい前、東と西の朗読詩人が6人ずつのチームを組んで朗読で戦う「合戦!」というイベントがあった。
僕は西軍の大将で、最後、東西の勝敗を賭けて東軍の大将と一騎打ちすることになった。
そのときにパフォーマンスしたのは「般若心経が止まらない」という作品だった。
審査の結果、5人の審査員のうち僕に旗を挙げてくれたのは1人だけで、4-1で派手に打ち負かされることになった。

僕に旗を挙げてくれた唯一の人は、詩の投稿サイト「現代詩フォーラム」の主催である片野晃司さんだった。
イベント後に挨拶にうかがったところ、僕に旗を挙げた理由について、片野さんはこう教えてくれた。

「君のパフォーマンスの時だけ、僕の子どもが笑っていた」

いろんなことが繋がっているような気がする。
意味のないことなんてない。
路上ライブも、小説も、それとは遠いように見えるそれ以外も。
そして繋がっているかぎり、路上に立ち続ける。
意味なんてない。
求められている。およそ表現者として、それほど幸せなことはないだろう。


■主な音源
・大森靖子みたいに
・やさいをたべよう
・ポエムマン
・真・野球拳


■主な小説
■2014年
5月 キャンディと王様 1200枚
9月 ポエムの墓 150枚

■2015
3月 ともだちの国 273枚
9月 コトリ 44枚(寄稿)
10月 赤ちゃんのいないお腹からは夏の匂いがする 168枚

■2016
3月 海を飛ぶ 10枚(寄稿)
3月 おんなともだち 10枚(寄稿)

■2017
1月 田中建築士の家 360枚
3月 戦場の風使い 165枚
6月 Hetero Cloud Assembly 10枚(寄稿)
6月 天地創想 360枚
12月 チガヱ 107枚

■2018
3月 thunderbolt 600枚


■投稿歴
・赤ちゃんのいないお腹からは夏の匂いがする(群像一次通過)
・戦場の風使い(文藝一次通過)
・thunderbolt(ハヤカワSFコンテスト一次通過)



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