出店者名 月刊さかな
タイトル 巨人よ、穴を埋めよ
著者 そらとぶさかな
価格 300円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
中編ファンタジー。
地面に穴が開いていく荒野と、穴を埋める為に森で暮らす穴埋め人達。
その地に迷い込んだ少女は、穴埋め人達の悲しみを知る事になる

 なにもない。
 ネルは初めて目にする大穴を前に、そう思った。
 穴。ネルの足元で唐突に始まっている陥没は、干からびた褐色の側面を緩やかに湾曲させて、飛び込んだ人の足をあらぬ方向へ捻じ曲げてしまいそうな深さの底へ続いている。何も無い。穴の底には何も見えない。駆け足で空を上りつつある太陽は、穴を隅々まで照らし出しているが、ネルはそこに何の意味も見いだせていなかった。
 穴は荒野の真ん中に存在していた。乾いた土と石がどこまでも続く荒れ地。細かな砂を含んだ風が吹き抜ける。風が運ぶ熱気を肌に感じた時、喉が渇いた、とネルは気づく。最後に水を見たのは確か、森の途中で見つけた川だった。水は丸一日、食べ物はここ数日一切口にしていない。
 振り返る。地平線の一辺を覆う、黒々とした森。ネルが通り抜けてきた森だ。もう来るな、とも、早く戻ってこい、とも言っているように見える。けれどそれはネルにそう見えるだけで、森はただ森として黙りながら、同時にこの荒野を監視する門番の役割を果たしていた。
 黒い森を見ていたのはネルだけでは無かった。
 広がる大穴の向こう側、ちょうどネルと向き合うようにして、人が立っているのだ。
 ネルは一歩あとずさろうとした。しかしあまりに突然で足が動かなかった。
「お前は、人か?」
 人影は確かにネルに問いかけた。


やさしい「罪と罰」の物語
地面にひとりでに穴が空くという奇妙な現象が起こる荒野。
その穴を惹かれてやって来た少女ネルと、近くの森に住む三人の「穴埋め人」、そして番人ロッヒの物語です。

こんなにやさしい「罪と罰」の物語があるのか、と思いました。
穴埋め人は――みなやさしくてとてもそうは見えませんが――過去に罪を犯して送られてきた人たちです。
ネルもまた、心の中に罪の意識を抱えていました。

作中、「灰量り」という印象的な物語が登場します。
簡単に言うと、人間は生涯で犯した罪の分だけ心臓に灰が積もっていて、その量の多寡で死後に天国に行くか地獄に行くのかが決まるというお話です。
その言葉を借りるならば、穴埋め人は、またネルは、自らの胸の内に灰を抱えています。
なぜ大地に「穴」が空くのか。作中でその明確な答えを知ることはできません。
ただある穴埋め人は「罰だ」と言います――つまり彼らは己の灰を注いで、穴を埋めているのです。


荒野に空いた穴を、やさしい罪人たちが埋める。
寓話的で穏やかな筆致でありながら、読むほどに胸をかき乱されるようでした。
だってやさしい彼らさえ罪を犯しているなら、私もまた罪人に違いないと思うから。
いったい自分の心臓にはどれだけ灰が蓄積しているのだろうと考えずにはいられませんでした。

けれどもこの作品は、私たちの罪を糾弾するものではなく、かといって安直に許すものでもないと感じました。

「人は皆、失ったもの、恐れるもの、忘れたい事で心を穴だらけにしながら生きているのに、どうして目の前のこの人間だけを化け物のように扱わないといけないのだろう?」(本文51ページ下段)

『巨人よ、穴を埋めよ』は、読む人に自分の罪を気づかせ、そのことで少し罰して、けれどもそれ以上に寄り添ってくれる物語だと思います。
あなたの罪が大きければ大きいほど、または、あなたがやさしければやさしいほど、この物語はきっと大切なものに変わることでしょう。
推薦者泡野瑤子



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