「なんじゃ、お前。ここらで見ん顔じゃな」 急に声をかけられ、悪さをしているところを見咎められた気分になる。 しかし、よくよく見ると声の主は、拓海と同じ歳の頃の少年だった。 よく日に焼けた顔が、笑みを浮かべている。警戒している風ではなく、短い前髪から覗く瞳は、どちらかといえば好奇心の色を強くうつしていた。 半袖半ズボンに、足元は庭先に出るようなサンダルで、山歩きに適した格好ではない。だからこそ、地元の人間だと分かる。 「お前、名前は?」 少年は、偉そうに拓海に尋ねる。 むっとした拓海が答えるより先に、 「白井」 何者かによって拓海の苗字が告げられた。 少年の後ろから、もう一人。同じく拓海と同年代の少女がひっそりと立っていた。少年とは対照的に、こちらはあまり日に焼けていない。血管の透けるような白さの腕が、袖から覗いている。 「多分、引っ越してきた人」 「はあ? そんな話、おれは聞いとらん」 「聖が他人の話を聞かないだけ。みんな言ってる。下の名前は私も知らないけど」 少女は少年に詰め寄られても動じず、淡々と言葉を返す。 うまい反論を思いつかなかったようで、少年は苦い顔をしたまま、少女を追い払う仕草をした。 「……もうええ。綾、お前は先帰れ」 「分かった」 少女は素直に頷くと、拓海の横を通り抜ける。すれ違いざまに少しだけ目が合ったが、特に言葉は交わさなかった。少女は、拓海が通ってきた石段を、振り向かずに降りていく。 「おい白井、下の名前は?」 聖と呼ばれた少年は、拓海を値踏みするように見て、そう尋ねてきた。 「……そっちこそ名乗れよ」 いつまでも偉そうにされるのは我慢ならなくて、言い返す。少年は、気分を害した様子はなく、ただ吹き出した。 「そうじゃなぁ、『かみさま』とでも呼んでくれ」 ふざけたことを、と眉を潜めれば、少年はいっそうひどく肩を震わせて笑った。 「都会のもんは真面目じゃな」 こちらをからかうだけからかったまま、少年は拓海の横をするりと抜ける。 石段の手前で振り返り、拓海に向かってひらりと手を振ってみせた。 「真島聖じゃ。これからよろしく、転校生。ああ、それと」 真島はふと足を止める。そして、表情はそのままに、妙なことを言いだした。 「ここはかみさまの森じゃけぇ、余所者はあんまり不用意に山に入らんほうがええ。神隠しにあうぞ。暗うなる前にいね」
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