「何か用?」 ドアの前で猫がこちらを睨む。雪の上に、そこだけインクを零したような黒猫だ。こちらを怪訝そうに窺い、澄ました顔で長い尻尾をひとふり。 少女がしゃがんで目線を合わせると、相手は呆れたように鼻を鳴らした。 「違うよ、上」 言われるままに顔を上げると、二階の窓から一人の青年が顔を出してこちらを覗き込んでいた。銀灰色の前髪で目元が隠れていて表情がよく分からない。声が硬いので、少なくとも機嫌がよいわけではなさそうだ。青年は頬杖をついて大きく息を吐く。 「猫が喋るわけないでしょ。で、君は何しに来たの。こんな朝早くに」 少女はこの城の人間に用があるのだが、目の前の人物が本人かどうかは分かりかねた。住み込みの弟子か何かかもしれない。何しろ、想像していたよりも随分若いのだ。 「私、エリク・カーティスさんという方に会いに来たんですけど」 「だろうね。ここ、僕しか住んでないし」 「あなたが、カーティスさんですか? 魔術師の」 「そうだけど」 淡々とした肯定は、拒絶と捉えてもおかしくはないほど温度に乏しかった。実際に気分を害する人は多いだろう。 だが、少女は心から安堵していた。生まれ育った村から出て二ヶ月。ようやくたどり着いたのだ。 潤みかけた瞳を擦り、少女は頭を下げた。 「私を弟子にしてください!」 しばらく反応がなかった。顔を上げて様子を窺う少女を見て、魔術師はようやく我に返ったようで、簡潔に答えた。 「無理」 一言ですげなく断られ、少女は呆気にとられた。そんなの、話が違う。 「大体、なんで僕? 何かの間違いじゃないの?」 「でも……ちゃんとお手紙を預かってきたんです」 鞄から封筒を出す。先日立ち寄った魔術学院で、そこの教師から預かってきたものだ。 青年に渡す前に、もう一度宛名を確認する。エリク・カーティス。やはり間違いではない。 青年に手紙を渡そうとして、二階までの高さを見る。背伸びしても流石に届かないだろう。どうしようかとオロオロしていると、青年は右手を差し出して指を鳴らした。青年の指先から僅かに光輝がこぼれる。火花と似たそれは少女のいるほうに落ちてきたが、手を触れても熱くはなかった。 光の粒に見とれていると、異変が起きた。持っていた封筒がじたばたと暴れだし、少女の指から逃れてふわりと浮き上がったのだ。そのまま高くまで飛んでいく。まるで命を吹き込まれたみたいだ。
|