皿の上には大きな肉が乗っていて、私は両手にナイフとフォークを持っている。これは私の御馳走なので、どこからどんな大きさに切ったっていい。なんなら皿から犬食いで丸かじりだってかまわない。 何しろここにあるテーブルは一つ、椅子は私が座る一脚のみで、他には誰もいないのだから。 一体どういう経緯で席に着き、この御馳走にありついているのかは全くわからないが、まあ大した問題ではないだろう。私は一度、六寸ぐらいのビフテキを食べてみたかったのだ。 「うん、とってもおいしい」 おいしい。 一体誰が食べさせてくれているのか知らないが、こんなにおいしい料理が食べられるなら何もかもどうでもよくなってしまう。 皿の上が綺麗になったので、私は手を合わせてごちそうさまをした。 『ゆうかい』笹原いち
101 久保田 アパートの俺の部屋、右の壁。その壁の向こうが騒がしくなると、金曜日って感じがする。 右隣りの住人は、音楽にカブレたクソガキらしい。 そいつが毎週金曜になると、突然ベースをかき鳴らし、明け方まで騒ぐのだ。 それがうるさくてかなわない。何回壁を叩こうが、管理会社に言おうがお構いなしなので、そろそろ警察沙汰にしてやろうかと思う。 しかし、その決心がいつも揺らぐのは、換気扇から入り込んでくる料理のにおいのせいだ。 どうやら例の馬鹿ガキには、料理上手な女がいるらしい。 そうやって、引っ越してからかれこれ三カ月、毎週金曜は不眠症だ。 眠れぬまま布団に包まって、強制的に意識を覚醒させる雑音と、鼻腔から内蔵まで雪崩れ込んでくる匂いから逃れようとする。しかし、どうあらがっても、いつも俺は過去へと押し流されるのだ。 そのにおいを嗅ぐと、子どもの頃を思い出す。 俺とオカン、そして、ユウさんと暮らしていた日々が頭にチラつくのだ。 『箱入りの生活』浅見幸衛
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