出店者名 穂倉
タイトル 玉響の風ー明治剣豪夢幻綺譚ー
著者 穂倉瑞歌
価格 1500円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
【あらすじ】
帝都の書生・穂倉達朗は、亡き友人の水谷雅人が幼少期を過ごした明町を訪れる。しかし彼の実家を探す途中に立ち寄った甘味処で、己の眼鏡を紛失してしまう。彼の眼鏡は偶然にも雅人の義妹・紗和の手元にあった。風に身を沿わせて刀を振るう、飛由流の使い手である紗和の元に、身を寄せることとなった穂倉。友人と義兄、大切な存在を喪った二人の瞳に、世界はどのように映りゆくのか。
【紹介文】
以前メフィスト賞の座談会で取り上げていただいた作品です。
眼鏡とお菓子にピンと来た方は是非どうぞ。
ジャンルは明治時代文芸ライトノベル。切なさをあなたに。

388ページ/文庫本フルカラーカバー付き

 眠りへ誘うように揺れる列車の中、青年は窓の外へ顔を向けていた。遠くを見るように細められた眼差しは、まるで過去を眺めているようでもあった。
 そのまま彼は、懐かしい記憶へ想いを馳せる。
 この世を直視しないことが幸福だろう、とこの身を授けた存在は知っていたのかもしれない。一本の線さえもぶれて見えるこの瞳は、時に危うく、時に不自由であっても、自らが明瞭な線を定める力を与えてくれた。
 しかしそのように思うなど、今となってはもう昔の話。
 青年は一度瞬き、眼鏡を押し上げた。
「美しい景色だ……」
 この視界は、これほどまでに鮮やかなのだから。
 汽車は走り続け、そこから生まれた風が枝を揺らす。
 窓の外を流れる景色がやがて止まり、青年は列車を降りた。駅はまばらに人が行き交う程度で、青年へ目を向けるものはいない。
「本当に来てしまった……」
 荷物を抱え直し、青年は歩き出す。袷袴に頭へ帽子を乗せて、足は下駄という、いかにも書生の出で立ちではあるが、少しも草臥れておらず、どこか裕福さが垣間見えた。
 青年を乗せていた汽車が再び動き始めて、彼の癖毛をふわりと撫でた。
そこで青年は、友人の言葉をまた思い出す。
 ――いつか僕の町に来るといい。妹に会ってほしいんだ。
 彼が口にしたことは単なる社交辞令だとわかっていたので、あの頃は思ってもみなかった。
 本当にこの町へ来るとは。