眠りへ誘うように揺れる列車の中、青年は窓の外へ顔を向けていた。遠くを見るように細められた眼差しは、まるで過去を眺めているようでもあった。 そのまま彼は、懐かしい記憶へ想いを馳せる。 この世を直視しないことが幸福だろう、とこの身を授けた存在は知っていたのかもしれない。一本の線さえもぶれて見えるこの瞳は、時に危うく、時に不自由であっても、自らが明瞭な線を定める力を与えてくれた。 しかしそのように思うなど、今となってはもう昔の話。 青年は一度瞬き、眼鏡を押し上げた。 「美しい景色だ……」 この視界は、これほどまでに鮮やかなのだから。 汽車は走り続け、そこから生まれた風が枝を揺らす。 窓の外を流れる景色がやがて止まり、青年は列車を降りた。駅はまばらに人が行き交う程度で、青年へ目を向けるものはいない。 「本当に来てしまった……」 荷物を抱え直し、青年は歩き出す。袷袴に頭へ帽子を乗せて、足は下駄という、いかにも書生の出で立ちではあるが、少しも草臥れておらず、どこか裕福さが垣間見えた。 青年を乗せていた汽車が再び動き始めて、彼の癖毛をふわりと撫でた。 そこで青年は、友人の言葉をまた思い出す。 ――いつか僕の町に来るといい。妹に会ってほしいんだ。 彼が口にしたことは単なる社交辞令だとわかっていたので、あの頃は思ってもみなかった。 本当にこの町へ来るとは。
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