出店者名 下町飲酒会駄文支部
タイトル 獅子の影は夜にわらう
著者 日野裕太郎
価格 500円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
王国に君臨する暴虐の王
それを父とする双子のコーエンとサリサリ

兄の影として生きる妹は
さまざまなものを失っていく兄に
胸を痛める日々を送っていた

叛乱のために集うひとびと
後宮で憂いにひたる正妃たち
すべてを壊す王を斃すため
見据えるものはひとつ――

ダークファンタジー中編。

        1

 うまくたらしこんで引き入れたものだと感心していたが、いざ話をさせると歯切れが悪く辟易させられる。
 何度も呼び出せるわけではない。
 じれったいことこの上なかったが、三度目ともなると、話を引き出せている実感を持てるようになった。
 ちびちびとくちびるを湿らせるようにした酒が減るにつれ、近衛の男はうつむいていた顔を上げはじめている。
「……後宮が、一番手薄だ」
 彼らはすばやく目線を交わす。
 後宮に暮らすのは、現在は正妃と第二夫人たちだと聞いている。何人かの姫と王子がおり、おそらく王城で王とともに暮らしているのだろう。
「こう……王城があって、後ろに後宮が」
 空中に近衛は線を引く。
 証拠が残らないよう、紙にしたためたりはしない。
 室内にいる十人ほどの仲間たち全員が、それぞれ自分の頭に書き留めていく。
 畑の合間にある古い家屋は、収穫物の保管庫と銘打った場所だ。家具はわずかなテーブルと椅子、農具を収納した木箱だけである。
 わずか十人ていどが肩を並べただけで、屋内は手狭になっていた。窓は内側から潰してあり、夜に集まったところで明かりがおもてに漏れることはない。出入りにだけ気をつかえばいい、集会に使っている場所である。
「まわりに堀があって」
 こまかく動いていた近衛の指が、大きく動く。円を空中に描いていった。
 そこから記されていく線が、外壁と城内に至るための道筋なのだと、そこにいるものたちは理解できた。
 建築技師の家が見取り図を残していたのだ。設計した匠はものいわぬ死体で帰宅したが、先だって城を出ていた弟子が隠して持ち帰っていたのである―そのことは近衛には話していない。
 火にくべ、すでにその地図も残っていなかった。彼らは地図をそらんじることができる。地面に何度も何度も地図を描き、そして消してきたのだ。はだしの足の裏が砂を、あるいは土を乱す感触は飽くほどである。
 近衛の描く図面は正確だった。
 少なくとも、みなの知る王城と一致している。
 嘘をついていない様子に、周囲がほっとした顔をする。近衛のとなりに立っていた女が、わずかにうなずいた。
 彼女がとちゅうから近衛の男に本気になっていたのは周知だ。近衛もまた本気になり、そのために情報を売り渡しに来ている。
 すべてが成功すれば、ふたりが所帯を持ってもなんら問題はない。