出店者名 鹿紙路
タイトル しろたえの島、いつくしの嶺 (上中下)
著者 鹿紙路
価格 3000円
ジャンル 恋愛
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紹介文
「行け。行って、そなたの雪獅子に出逢え」――
翡翠色の内海に浮かぶ常春の島で、「織姫」としてたいせつに育てられてきた藤世(とよ)は、浜辺で白銀の短剣を拾う。その夜から夢路に現れるのは、白銀の髪の孤独な少女。彼女にこころをかき乱されて過ごすうちに、藤世の島を悲劇が襲う。
アジアン染織百合ファンタジー完結済み、全巻セット。布張り和綴じ。
※画像は書影ではなくイメージです。

 夢だ、とわかっていても、皮膚を貫くつめたさも、目を差す眩しさも、鮮やかに感じ取れる。
 藤世は、この光景を一生忘れないだろうと思う。
 そして、一生忘れない。
 穏やかな起伏の地形を持つ島の暮らしでは目にするべくもない、ひとの背丈の何十倍もそそり立った岩壁、その下の草一本生えぬ焦げ茶色の谷。
 谷底に、一本の木の柱が立ち、そこから縄が放射状に伸びて、地面に杭で留められている。その縄には色とりどりの端布がくくりつけられ、つよい風にあおられて甲高くはためいている。
 柱のたもとに、赤い少女がいる。
 真っ赤な錦の分厚い服。こめかみには赤い珊瑚の玉の連なりが垂れ下がっていて、彼女の顔も赤く塗られている。
 怖い、と思った。
 ――藤世!!
 それなのに、少女は自分の名を呼んだ。
 島のひとびとの甘く伸びた語調ではなく、ぶつぶつと短い音節で、彼女は藤世の名を呼んだ。
 赤い塗料のせいで、表情はよくわからない。しかし、少女の頬にはぽろぽろと涙が落ちかかっている。泣いているのだ。
 ――藤世、帰ってきて!! お願い!!
 藤世の胸が、胸の奥が、ぎゅっと引き絞られるように痛んだ。
 彼女が待っている。
 そのことがたまらなく切なくて、彼女が孤独に苛まれていることが悲しくて、彼女が自分を求めていることが嬉しくて――藤世は思う。
 いま行くわ!! 
 わたしも、あなたに会いたい!
 そう叫びながら、走り出す。
 きびしく強烈な日差し。どんなに息を吸っても苦しくて、すぐに心臓が暴れ出す。おおきな谷の底を、少女に向かって走る。
 からだじゅうが悲鳴を上げても、藤世は昂揚と喜び以外、なにも感じない。
 目が合う。
 少女が、白い歯を見せて笑う。両手を跳ね上げるようにひろげて、ぴょんぴょんと跳躍する。
 藤世、藤世!! こっち!! 早く来て!!
 それを見て、藤世も笑う。脚を動かす力をつよめて、ついに彼女のもとに着く。飛びつくように抱き合って、声を上げて笑いながら地面に倒れる。ごろごろと折り重なって谷底を転がり、それがおかしくてまたおおきく声を上げて笑う。
 異様な赤い顔でも、彼女は藤世の一番ちかくにいて、笑っている。それと一緒に、藤世も笑う。
 こんなにしあわせなことは、いままでいちどもなかった。
 少女が、
 ――藤世、藤世、わたし、あなたが大好き。
 涙をこぼして、笑み崩れながら言う。