夢だ、とわかっていても、皮膚を貫くつめたさも、目を差す眩しさも、鮮やかに感じ取れる。 藤世は、この光景を一生忘れないだろうと思う。 そして、一生忘れない。 穏やかな起伏の地形を持つ島の暮らしでは目にするべくもない、ひとの背丈の何十倍もそそり立った岩壁、その下の草一本生えぬ焦げ茶色の谷。 谷底に、一本の木の柱が立ち、そこから縄が放射状に伸びて、地面に杭で留められている。その縄には色とりどりの端布がくくりつけられ、つよい風にあおられて甲高くはためいている。 柱のたもとに、赤い少女がいる。 真っ赤な錦の分厚い服。こめかみには赤い珊瑚の玉の連なりが垂れ下がっていて、彼女の顔も赤く塗られている。 怖い、と思った。 ――藤世!! それなのに、少女は自分の名を呼んだ。 島のひとびとの甘く伸びた語調ではなく、ぶつぶつと短い音節で、彼女は藤世の名を呼んだ。 赤い塗料のせいで、表情はよくわからない。しかし、少女の頬にはぽろぽろと涙が落ちかかっている。泣いているのだ。 ――藤世、帰ってきて!! お願い!! 藤世の胸が、胸の奥が、ぎゅっと引き絞られるように痛んだ。 彼女が待っている。 そのことがたまらなく切なくて、彼女が孤独に苛まれていることが悲しくて、彼女が自分を求めていることが嬉しくて――藤世は思う。 いま行くわ!! わたしも、あなたに会いたい! そう叫びながら、走り出す。 きびしく強烈な日差し。どんなに息を吸っても苦しくて、すぐに心臓が暴れ出す。おおきな谷の底を、少女に向かって走る。 からだじゅうが悲鳴を上げても、藤世は昂揚と喜び以外、なにも感じない。 目が合う。 少女が、白い歯を見せて笑う。両手を跳ね上げるようにひろげて、ぴょんぴょんと跳躍する。 藤世、藤世!! こっち!! 早く来て!! それを見て、藤世も笑う。脚を動かす力をつよめて、ついに彼女のもとに着く。飛びつくように抱き合って、声を上げて笑いながら地面に倒れる。ごろごろと折り重なって谷底を転がり、それがおかしくてまたおおきく声を上げて笑う。 異様な赤い顔でも、彼女は藤世の一番ちかくにいて、笑っている。それと一緒に、藤世も笑う。 こんなにしあわせなことは、いままでいちどもなかった。 少女が、 ――藤世、藤世、わたし、あなたが大好き。 涙をこぼして、笑み崩れながら言う。
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