ペトラは読書を愛している。 聖典、神学書、博物誌、法律書、奇譚集、なんでも読む。 王女という自分の立場を十二分に利用して、余人の入れぬ書庫に入り、一日の大半をそこで過ごす。 であるからして、その騎士がだれであるか、気づかなかった。 いつものように、夕方しぶしぶと聖堂付属図書館から城に戻る道すがら、自分に走り寄る青年が、だれであるか。 「姫様! お久しぶりです!」 「……そなた、なにものか?」 癖の強い短い黒髪。太い眉。きらきらと輝く茶色い瞳。広い肩幅、高い背、がっしりした体躯。足につけた金の拍車と、斜めがけにしたマントの紋様は、王家直属の騎士であることを示している。 青年騎士はあからさまに嘆いた。 「わたくしをお忘れですか、殿下!」 「うぬ?」 ペトラの常に青白い顔に、少々の戸惑いがよぎった。確かに、なにか心に引っかかるものがある。このきらきらした、いや、ぎらぎらした傍若無人な瞳の輝き。性格はといえば、直情径行の一言。 「そなた――あー、ええと、ヘングストの三男坊の……あー……」 「小(しょう)アンスヘルムです、姫様! 風磐国(かざいわこく)より帰還いたしまして、このたび姫様の近衛を仰せつかりました!」 王女の静寂に慣れた耳には、その声は負荷が強すぎた。 「……うるさいな」 アンスヘルムと名乗った青年は、狼狽して叫んだ。 「ししし失礼を! 姫様は静寂を好まれるのでしたね……!」 ようやく彼の声が抑えられた。 「はて、面妖であるな。そなた、一昨年は、こんなではなかったか」 ペトラは手のひらを地面に平行にして、自分の眉のあたりで静止させた。 「それがこう」手のひらをめいっぱい上に持ち上げる。「なっておる」 アンスヘルムは白い歯を見せてにっこりと笑った。 「背が伸びましたもので!」 「……」 ペトラはゆっくりと首を右下に傾けた。 「……そう、か?」 「はい!」
ペトラは十七歳、アンスヘルムは十八歳。王女と、廷臣筆頭の武門の家・ヘングスト家の息子、となれば、旧知の仲である。といっても、一日じゅう本を読んでいたペトラと、訓練場で駆け回っていたアンスヘルムは、顔見知り程度でしかない。 その二人が、姫君とその騎士として、再会した。
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