ふくく、と押し殺した笑い声が聞こえた。 この場にいる誰かに聞かれれば、間違いなく不謹慎だと咎められるだろう。掴みかかられたっておかしくない。しかし幸か不幸か、それに気付いたのは隣に立っている雷火だけのようだった。もしかすると、雷火だけが気付くようにわざと、という可能性だってある。 そういう嫌な奴なのだ。藤沢聡真という男は。 「おい、聞こえるぞ」 小声で忠告を吹き込んで様子を窺えば、緩む唇を懸命にこらえる横顔が映った。彼のそんな顔をみる度に、人の死に慣れきった自分たちの無神経さに気付かされる。 すぐ隣の部屋には今も屋敷の主人の死体が転がっていて、同じ部屋に悲嘆に暮れる遺族の姿があっても、感情は揺れなかった。それぐらいがちょうどいいとも思う。 雷火にとって、そして聡真にとっても、誰かの悪意がもたらす死は日常風景の一つで、飯の種でもある。いちいち動揺している暇はないのだ。鈍感過ぎるくらいじゃないとやっていけない。自分たちの役目は、速やかに真相を導き出すこと。それ以外にリソースを割けるほど、雷火の頭は器用に出来てはいない。 しかしながら、聡真のニヤつく口元を見ると、雷火は少しだけ安心する。自分の人間らしい感情はまだイカレてはいないと分かるから。少なくとも聡真よりは。 ……まあ確かに、遺族に対してお悔やみ申し上げる気持ちよりも、疑念の方が強いことは否定しない。ハンカチを目元に当てた奥方、それにすがって泣き崩れる令嬢、青ざめた婦人、うなだれる老爺、苛立った青年――おそらくこの中に、悪意を持った人物が紛れ込んでいる。 容疑者の顔をぐるりと見渡す聡真の様子を見て、雷火は焦燥感に駆られた。きっとコイツにはもう分かってしまったのだ。 「あくまで僕の勘なんだけどさ、犯人ってあの人だと思うんだよね」 案の定。あっさり告げられた答えに思わず舌打ちする。当てずっぽうのように言っているが、聡真が勘を外すのを見たことはなかった。今回のこれも、例に漏れず正答に違いない。ゴールが定まった以上、出し抜かれるのも時間の問題だ。 だが、諦めるにはまだ早い。聡真にだってまだ、答えに至るプロセスは見い出せていないはずだ。これ以上差をつけられまいと、思考をフル回転させて周囲を注意深く窺う。 「わー、こわい顔。怒った? ねえ、怒った?」 しかし意識の隅に邪魔者がちらつく。
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