早朝の風は一段と冷たい。屋上の手すりにもたれかかったレーナは、そっと鼻歌を口ずさんだ。いつ耳にしたのかさえ朧気になっている歌だ。どこかで出会った人間が街頭でずっと歌っていたものだったはず。それをこんな時に歌ってしまうのは、この景色が記憶を刺激するからだろう。 一面に広がる緑の向こうには太陽が見える。朝を象徴する目映い輝きが、時の流れを告げている。この時刻になると大概屋上に出てくるのは、目に見える時間というものを確認するためだろうか。 ともすれば希薄になるこの感覚。人間と共にいる間は決して忘れてはならないもの。夜に人の気配が途絶えると、急速に時間の流れが変わってしまう。それを正すための儀式のようなものだった。 「もう行く時間か?」 だがそんな儀式を遮る者が現れた。背後に出現した気配を感じて、彼女はそう問いかける。振り返る必要はなかった。この気はこのところよく感じ取っている。 「目敏いな」 彼女がゆっくりと振り返れば、屋上にたたずんだシリウスが苦笑を浮かべていた。朝の風に青い髪を揺らすその姿は、人間ではないことを如実に物語っている。 「言うつもりはなかったんだが」 わざとらしく肩をすくめた彼を、彼女は笑いながら見つめる。そして手すりに背をもたせかけた。本気で黙ってこの星を出て行くつもりだったのであれば、こんなところには寄らない。いや、本当はそのつもりだったのかもしれないが、彼女が外にいたから好都合だと思ったのだろうか。――本来の予定よりは少し早かった。まだ大会は十二日目だ。 「黙って出て行くつもりだったのか? つれないな」 彼女は悪戯っぽく口の端を上げた。基地の中に入れば神技隊に気づかれるかもしれない。しかし外ならばその可能性は低い。この基地はホワイトニング合金、エメラルド鉱石を使用しているために、気が伝わりにくいのだ。大体、まだ早朝だ。この時刻に起きている人間は限られている。 「人間たちに気負わせても仕方がないからな」 「さすがはお優しいシリウス様だな」 少しおどけてやれば、あからさまにうろんげな視線を向けられた。彼はこういう時、率直な表情を選ぶ。そうしてもこちらが気分を害することがないとわかっているせいだろう。彼の周りにいるのは、彼の言動に一喜一憂する者たちばかりだ。そういう場所では、妙な気遣いまでしなければならない。 「お前にそのように言われるのは気持ちが悪いな」
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