「……出戻りか」 眼を見開いた積雲は、その場でおもむろに立ち上がった。庭をいじるような恰好ではなかったから、本当に偶然出てきただけなのかもしれない。ここで何と答えるのが適当なのか、青葉には判断しかねた。この父にまともに言葉が通じた経験がない。――いや、それならむしろ何も悩むことはないのか。 「仕事中だ」 たった一言だけ、青葉はそう告げた。神技隊を辞めさせられたわけでもないし、この家に戻るつもりもないと、暗に端的に述べる言葉だ。伝えるべきはそれで十分だった。これ以上の情報をこの父に与えたくもない。 張り詰めていく空気の音が聞こえるような錯覚に陥る。後ろで梅花が困惑の気を漂わせた。けれども技使いではない積雲にはそんなことなど伝わるはずもない。青葉はちらと肩越しに振り返る。彼女はいつもの無表情はそのままで、ただ視線だけが「それでいいの?」と尋ねていた。 「玄関はそこだから」 「でも……」 積雲の後ろを指させば、梅花は静かに小首を傾げた。積雲を無視して家に入ることには抵抗があるのだろう。彼女は戸惑ったように瞬きをして、ちらと積雲の方へと双眸を向ける。 「初めまして。乱雲の娘の、梅花です」 ついで梅花はゆっくり頭を下げた。口調は穏やかだったが、声ははっきりと響いた。はっとしたように積雲が息を呑む気配が感じられる。いや、それは青葉自身のものだったのかもしれない。彼女がそう出てくるとは予想していなかった。 絶句した積雲は、その事実を飲み込めていないようだ。当然だろう。まさかこんなところで姪と顔を合わせることになると、一体誰が想像できようか。 積雲の動揺を誘えたことに、青葉は若干胸のつかえが取れる心地がした。しかし同じくらい梅花の心中が心配でもあった。彼女の気が凪いだままであることがせめてもの救いか。 「父が、よろしく伝えて欲しいと言っていました。この世界にはいないので、もう会うことはないでしょうがと」 抑揚の乏しい彼女の声は、積雲の耳にも届いたのかもしれない。ぱちりと音がしそうな瞬きをしながら、積雲は唇を引き結んだ。そこに明確な感情は浮かんでいなかった。父のそのような表情は初めて見るような気がして、青葉は不思議な心境になる。青葉の知る積雲はいつも難しい顔をしているか、苦々しい眼差しを向けてくるか、そうでなければどこか遠くを見て嘆息していた。虚を突かれた風に黙り込むことはない。
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