【「ふたごもりの家」より抜粋】 (略) 「そんなら、俺を飼ってみないかい?」 「か、う?」 うんうん、と、セツが頷く。 紫は、目の前の青年をまじまじと見つめた。 セツは今、自分のことをまるで犬猫のように言ったけれどとてもそうは見えぬし、もちろん頼まれたってそんな扱いもできるはずがない。 では? と、紫は考え込む。人間を飼うというなら、紫が村でされていたような仕打ちをすればいいのだろうか。それは、セツにはどうにも似合わない気がするのだけれど。 結局、紫はセツに尋ねた。 「飼うって、どういうことでしょう」 「お前さんは、麓の蚕飼いの村から来たんだろ? お前さんの家でも飼ってたかい?」 確かに、紫の村は養蚕が盛んだ。最後に暮らした屋敷の主人も、織物の商いで身を立てたのだと聞いたし、実際に糸を紡ぐために今も蚕を飼育していた。そして、つい先日までは、その世話が紫の主な仕事だった。 「お蚕さまのことなら、ひととおりはできます」 「そうか、そりゃァよかった」 セツは、ぽんと膝を打った。紫の方へにじり寄り、顔をのぞき込んでくる。 「俺は蚕の成れの果てなんだ。羽はあるが飛ぶことは出来ねえ。人の手がなければ生きていけねえ。繭になるまでは誰かに世話してもらわなきゃァ」 「だから、『飼う』ですか」 蚕は家畜だが、里では同時に家に繁栄をもたらす存在として崇められてもいた。 繭から出てくると姿形がすっかり変わっているのが、紫にとっては不思議でもあり、また好きなところでもあった。周囲の大人に尋ねると、『お蚕は繭の中で一から体を作り直すのだ』と言う。辛い日々の中、ならば自分も蚕になりたい、繭に入って生まれ変わりたいものだと、自分を励ます日も少なくなかった。 セツが蚕だというのなら、彼のために精一杯尽くそう。紫の腹は、そう決まった。 (つづく)
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