先輩、私のこと嫌いですもんね、と言うと、先輩は、そんなこと言わせてごめんな、ときざなセリフを言う。痩せている後輩に、マッチ棒みたいだねと言うと、お恥ずかしいですと彼女ははにかむ。大して仲良くない同期に赤ん坊が生まれたので、今度職場に来たらぜひ連れてきてね、と言ってみる。嫌いな上司にも気配りを忘れない。好きな先輩にはちょっと冷たくする。苦手なアルバイトさんにも良いお年を、と声をかけると、アルバイトさんも笑顔で来年もよろしくお願いしますと言った。静かに一年が溶けてゆく。嘘と本当が優しく配分されていく。静かに、柔く、広がっていく。先のことはわからない。仕事が大変かもしれない。やりたいことをできているかもしれない。だけど、そういうときに、いつも傍にいるのはやさしい他人たちだ。そしてまごうことなき、自分。年末はいつもやさしい気持ちになる。見通せないこの先のことも、灰色の冬の中でも、少しほっとする。これからもよろしく、愛しい他人のみなさん。(「やさしい他人」より)