第5話「黒髪揃えし霊となりて」より抜粋
デニムジャケットにタンクトップ、そして下はゆったりとしたカーゴパンツ、頭は白髪混じりの長髪という姿の水嶋准教授は、ぱっと見ただけでは年齢を特定することができない。夏休み明けだからだろうか、全身が小麦色に日焼けしており、廃業したプロサーファーのような、ややクレイジーな風格がある。 彼の授業はいつもこのような感じで進行していく。間に軽口を挟みながらすらすらと数式を展開して、気が付いたら終わっている、そんなイメージ。 経済学と言っても、ミクロ経済学は主に経済モデルを数式で構成して、その結果を計算で求めるというものなので、授業としては、大半が数学のようにひたすら数式を計算する、という感じになる。 そんなわけで、僕らは講義を聞きながらひたすら数式を解いていた。
それは、急な出来事だった。 ふと頭に違和感が走って、僕は思わず顔を上げた。
さっきまで誰もいなかったはずの前の列に、女子大生が座っていた。艶のある黒髪をすらりとのばし、茶色のカチューシャで揃えている。女性らしいもっちりとした体型を包み込む黒いカーディガンの隙間から、ちらりと清楚な白いブラウスがのぞいた。 あれ、こんな女の子いたっけ。 そう思った瞬間、彼女が振り向いた。まるで初雪のように白く透き通るような涼しげな肌が目に入る。その顔つきは上品で穏やかであった。赤い縁の眼鏡の奥にあるつぶらな瞳と目があった。 猛烈な寒気を感じた。身体じゅうの熱を奪われたみたいで、心臓が凍り付いたように痛くなった。
「真中さん!」 佐貫に肩を叩かれて、我に返った。 前にいた女性は、いなくなっていた。 「あの、この数式わかんなくなっちゃったんですけど……って、どうしました大丈夫ですか?」 佐貫は僕の顔を見るなり驚いた。
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