「The Knell 〜カネノネ〜」(冒頭部分)
果てしなく広がる芥の海で、みすぼらしい恰好の少女が大きな背嚢を背負って何かを漁っている。 彼女の真後ろには、巨大な塔が聳えていた。 塔は真っ白で一点の曇りもなく、ただひたすらに天まで届くかのように高く、少女と芥塊を見下ろしていた。塔の周囲は長大な壁で囲まれており、周囲の壮大な景観と凄惨な悪臭から塔の中の住人を守る仕組みになっている。
少女は一心不乱に芥の中に潜り込んで、悪霊に取りつかれたように金目のものを探している。悪臭など気にしていられないほどに必死なさまは、どこか気味が悪い。 やがて、彼女はたくさんの芥の中から小さな金の指輪を見つけた。彼女は指輪をかざし、ひとしきり眺めると、丈夫そうな背嚢の中へ大事そうにしまった。
ゴーン、ゴーン。 天高く、塔から鐘の音が響いた。 少女ははっと塔の上を見上げる。
その鐘は、「福音の鐘」と呼ばれていた。
一週間に一度、塔の天辺にある鐘楼で、白銀で彩られた厳かな鐘は鳴り響く。 誰かが「救済」されたことを意味するのだと、少女は小さい頃教わった。 鐘の音が鳴るたびに、少女は黙って天を見上げる。 彼女は、自分が「救済」される人間ではないことを分かっていたのだ。
不意に、肌を痺れるような痛みが襲った。風が吹いてきたのだ。 目を凝らすと、遥か向こうに、大きな黒雲がある。強烈な酸性雨がもうすぐやってくるだろう。少女は背嚢からビニール製の合羽を取り出して羽織ると、背嚢を頭にかぶって塔に向かって一目散に走り出した。
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