西暦20XX年、日本太平洋南部、白い外壁の研究所が立ち並ぶ孤島にて――。 「近寄るな……」 黒金の壁に飛び散る迷彩のような黒い血。 ひび割れたタイルの上で、深傷から濁った血を流して横たわる奇怪な死体の山。質素な部屋に嗅覚を貫く臭いが充満する。 骸は人の形をしているが、鼻は小石のように丸く、歯は牙と言ってもいいほどギザギザしている。耳は三角に変形していて、全身に茶色の毛を生やしている。 生き残っている数人が四つん這いになって「ワン」と喚く。まるで犬のように。いや、その風貌から犬そのものと言っても過言ではない。眉間にくしゃくしゃの皺を寄せ、理性なく吠える彼らの先に一人の娘がいた。 年は二十歳ぐらいだろうか。艶のある短い黒髪。真珠のような気品ある白い肌。凛とした小顔と淡い桜色の唇。背丈は女性の平均程度だが、読者モデルにもなれそうな美麗な脚をしている。 その特徴とは裏腹に目つきは刀身のように鋭く、気弱な者ならばその眼光を浴びただけで怖気づいてしまいそうなほどだ。 彼女が身につけている看護服のような白シャツとパンツには黒ずんだ血がびっしり付着している。年頃の娘らしい柔らかく張りのある両手は肌色の存在を許さないほど赤に染まっている。 「いつまでこんなことを……」 憂いを帯びた黒き瞳を光らせ彼女は呟く。 犬なのか人なのか、どちらとも言えない風貌の青年たちが威嚇の鳴き声をあげて牙を剥く。彼らは獲物を追い詰めるように彼女を囲い込む。 彼女の髪が徐々に金色に染まっていく。皮膚に浮き出た血管が、上昇していく体温と共に灼熱の赤へと変色していく。瞳はそれよりもさらに濃い紅蓮に染まる。 犬男たちと比べると彼女は十分人の娘の姿を保っているが、滲み出るオーラには気高い野性の本能と殺気が滲み溢れている。 風貌を変化させた彼女と青年たちは互いの様子を窺い、黙ったまま対峙する。 彼女は重たい溜息をつく。気が碇のように重い。何の罪もない同じ若者を殺すのは。同胞を痛めつけるのは。人間の姿ではないといっても、彼らは間違いなく正真正銘の人間だった。好きでこんな姿になったわけではない。行き場を失った若者たちの傷心を手玉に取ったエリートたちの実験材料にされているだけだ。 無論、彼女もその一人だった。 犬のDNAが配合された、ある特殊な細胞を組み込まれた青年がそっと前足を踏み出す。
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