― 序幕 ― 音のない闇の中、どこからかおぼろげに尋ねる女の声が聞こえた。 「もう時間だね…×××、…私の愛しい子。最期に言う事はあるか?」 「…ありません」 何もないそこに佇む青年は、はっきりとした口調で答える。 肩の辺りで切った銀色の髪が特徴の、意志の強い瞳を持つ青年だった。 もうこれ以上話すことはない、と言いたげなその声に顔色一つ変えずに、闇の中から浮かぶように姿を現した女は少し間をおくと訊ねた。 「…一つだけ聞かせてくれ…どうして人に惹かれた?人は自分を守る為ならば平気でうそをつき、人を傷つける。そんな愚かな生き物の何がよかったのだ?」 肩の下あたりまである銀糸のような髪を二つに分けて結んだ女は、正面に立つ青年にまた訊ねた。美しくも冷たい印象のあるその顔に表情はない。 「…………」 青年は俯き、黙る。まるで理由を探すように視線を彷徨わせ、やがてぼそりと答えはじめた。 「…たしかに、人は愚かでどうしようもない物でしょう。短い人生の中でほとんど悩みながら生きています。そして死に際はどんな生き方をしても後悔をする」 青年は淡々とした口調でそう言い、最後にもう一度「愚かな下等種です」と付け加えた。 「そうか…ではなぜ人に価値を感じた?何がお前を動かした?」 女の赤い唇がゆっくりと片方に孤を描く。青年は俯いたまま首をゆるりと振り、こう言った。 「俺には、彼らが生まれた意味も、価値もわかりません」 そう言った青年はどこか懐かしむように微笑み、目を閉じた。 脳裏に浮かぶのは、かつて共に暮らし良い事も悪い事も全部一緒に味わってきた大切な仲間達。 今はもう世界中のどこを探してもどこにもいない、大切な思い出。 「…でも、わからないからこそ…その生き方や想いに憧れたんです」 青年は顔を上げ、そう言って大事に持っていたものを取り出して見つめた。 仄かな温もりを持つ純白の石は、仲間の一人の最期の咆哮の後に残っていた命の結晶。酸素に触れ赤黒く変色したこのリボンは最期まで諦めなかった仲間の生きた証。 だから自分も、もう諦めないと…立ち止まらないとあの時誓った。 彼の持つ両目は過去と未来を視る事の出来る力を持つ瞳。 この瞳がある限り『この世界』は終わらない現実を見続ける事になる。 そして最後に床に突き刺さったままになっていた剣を抜き取ると、自身の首に刃をあて、誰に言うでもなく、小さく呟いた。
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