花崎は、一昨年の春に教員として採用された地方公務員の一人だ。大学で教育学を学び、安定した道だと思い採用試験を受けたところ、たまたま通ってしまった。教師という職業は世間的に見てもイメージは良いような気がしたし、地方公務員で安定した収入もあるということで意気揚々と就職を決めた。それがそもそもの間違いであったわけだが。 実際に就労してみると、教師と言うものはイメージだけでつくられた職業であり、実態はそれほどよいものではなかった。校務分掌、テスト作り、学級経営、親睦会行事、対人関係の複雑さ。生徒が登校している期間の昼休みはほぼ皆無で、優雅にランチだなんて遠い話だった。休憩時間とはいえない休憩時間を取り、夜遅くまで仕事をして、家に帰っては倒れこむように寝る生活。こんなはずではなかったのに、という言葉が毎晩毎晩頭をかすめていった。 そのうちに、その言葉は飲酒欲へと変わっていった。最初はビール一缶だった。しかも一番小さいもの。それは徐々にロング缶になり、時に焼酎になり、日本酒になり、ワインに変わる。限界が来るたびに胃液と酒が混じったものを口から滝のように吐く。飲んでも飲んでも酔った気にならず、ひらすら飲み続ける日々。部屋はアルコールの匂いがこびりつき、嘔吐する場所は選ばれなくなっていた。たまに来る宅配業者が最初は女性だったのに、最近ではいかつい男しか来なくなった。 (こんなはずではなかったのに) けたたましい目覚ましの音で目を覚ましたのは午前五時のことだった。薄暗い部屋の中を這うように動きながら電気をつける。適当に吊ってあるワイシャツを着る。アイロンをかけていないのでくたくただ。今日も昨日同様、酔っているのか、酔っていないのか、正常なのか正常でないのか分からない頭の加減だ。視界は定まらず足元はおぼつく。いつものように玄関扉を開ければ、ぐしゃり、と玄関に捨ててあったビール缶が足で潰れた音がした。わずかに残っていた液体が吹き出し足を濡らす。そんなことは気にならない。否、気にできない。
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