ミシンの音に混じる、車のエンジン音に、ほうと一つ息を吐く。 そのミシンで縫っていた袋物の一辺が縫い終わるより先に、小さな影が大きな足音と共に、蘭が居る手芸喫茶『咲良』の二階に現れた。 「こう」 『谷』の名で、その影の名を呼ぶ。 「さち!」 蘭の言葉を普段通りの不機嫌で訂正すると、幸という名の、まだ小学校にも通えない年齢の少女は、普段通り、虫籠窓の近くにある椅子に陣取った。そして格子を小さな手で掴み、じっと外を見る。本当に、相変わらずだこと。新学期を前にして、『咲良』の主人、寧が注文を大量に取っている袋物の一つを仕上げながら、蘭はもう一度、ゆっくりと息を吐いた。 幸は、喫茶『咲良』があるこの街から車で一時間ほどの場所にある山間の農場『咲良』に、幸の伯母の一人である累と共に暮らしている少女。幸はしばしば、農場の作物を喫茶店に運びそして農場で必要な物を買い出す累の車に同乗してこの場所にやってくる。その理由を、蘭は幸の伯母である寧と累の会話を盗み聞くことで知っていた。 「この格子、外れないの?」 これで何度目かの、いつもと同じ質問が、幸から飛んでくる。その質問には答えず、蘭はミシンから離れ、タオル地を両手に山ほど抱えて幸の向かい側の椅子に座った。新学期の準備には、手縫いの雑巾も含まれている。雑巾もミシンで縫えれば楽なのに、手縫いの方が丈夫だからという理由で、学校側は手縫いの雑巾を指定するらしい。どっちもそんなに変わらないと思うけどなぁ。そう思いながら、蘭はせっせと手を動かした。幸が居るときにミシンを使わないのは、幸がミシンの音を嫌うから。人が嫌がることは、必要が無ければしない。それが、蘭の主義。入学や入園児に揃えるよう言われるとかで、注文数は雑巾よりも規定の袋物の方が多いから、ミシンが使えないのは正直困るのだが、仕方が無い。折り畳んで厚くなったタオル地に針を一針一針素早く丁寧に刺しながら、蘭は幸の、細い身体とその身体に似合わぬ大きな頭をじっと見詰めた。
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