〈幕前〉
元旦、死んだ友人から年賀状が届いた。 亀山三四郎という古風な名前の男で、暮れにクモ膜下出血で死んでしまった。それは何の前ぶれもない死だった。亀山とは高校時代クラスが同じでよくつるんでいたが、ここ何年かは年賀状のやりとりぐらいでしばらく会っていなかった。そのためか、どうも奴が死んだという実感は薄い。 亀山は例年通り、律儀に年賀状を準備していたらしい。早くにきちんと投函したのだ、まさか自分が死ぬとも知らずに。
『謹賀新年 元気にしているか。 じつは、おれは結婚した。驚いたか? まあ、おれたちももう三十だものな。 よかったら今度遊びに来てくれ。 嫁さんはケーキを焼くのがうまい』
ボールペンのふにゃふにゃした字で、そう書き綴られていた。いかにも新婚夫婦らしい写真がぴかぴかに印刷されている。嫁さんの名は毬子さんというらしい。大晦日に執り行われた葬式で死んだ顔や泣いた顔をさんざん見たあとでは、この年賀状もたちの悪いイタズラのように思える。亀山の死はいよいよ非現実的だ。 そしてその年賀状の新しい住所の下に、さらにふにゃふにゃの小さな字で書き添えられていたのは、こんな言葉だった。
『鶴森、お前の筆は進んでいるか?』 おれは鶴森ハルオという。 中学生のころ太宰治に憧れて小説を書き始め、(一度も入水はせずに)いつのまにか三十になった。物書きのはしくれのつもりだが、おれの書いたものは金にならない。大学時代にとった地方の小さな文学賞を唯一の栄光とし、書くことにしがみついてはいるものの、まるで仕事はない。今やおれの文章に関する仕事はフリーペーパーの星占いコーナーだけである。誰も読まない、記憶に残らない星のお告げを、ちまちま書いている。
|