「シャーディーン?」 「ひゃっ!」 背後から声を掛けたのがまずかったのか、全身で飛び上がらんばかりに驚いている。 「なんだ、そんなにびくびくして。盗み食いでもするつもりか?」 「う……、ううん。今日怖い話聞いたから、つい」 「怖い話?」 聞いてみると、墓地に埋められたはずの死体がなく、夜になるとズズズ……と地面を擦るような音が聞こえるという。 「作り話だって思うんだけど、死体に虫がわいているとか、この時期ありえるなぁって思ったらぞっとして。夜になると、死体がその辺にいるんじゃないかって 思うと怖くって……。小学校から帰ってきて、レムルスと遊んでいた時は忘れられたけど。喉が渇いたからミルクをもらいに来たんだけど、食堂には窓がないか ら、怖くなっちゃったの」 「ほぉ」 ほの暗い食堂を覗うシャーディーンの瞳は揺れて、心底おびえきっているのだと窺いしれる。 やれやれ、と先に食堂に入り、おかしいところがないか確認する。使用人がひとり、食器を片付けていただけで異変はない。 「私が見たところ、その死霊はここに来ていないようだな」 そう言って、使用人にいいつけてもらったミルクを手渡してやると、ほっと胸をなで下ろしていた。 「よかった。カナンのやつ、ほんとに人をおちょくるのが好きなんだから。……ね、兄さま。お願いがあるの」 「なんだ」と答えながら、リディウスはその先の言葉を想像してみる。おおかた、一緒にトイレに行ってほしいとか、部屋までついてきてほしいとかだろう。シャーディーンは動物や生きている者には真っ向から向かっていくたちだが、死霊など怖ろしい部類のものには弱いらしい。 そういう姿も、リディウスの庇護欲をかき立てられるのだが。 「あのね。今晩だけ、一緒に眠ってくれないかなぁ」 「ひと晩……?」 心臓が大きく鳴った。密かに恋慕っている者と、ひと晩同じ寝台で眠るというのか。 ──なにも出来ないのに? それは拷問に近いのではないだろうか。
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