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馬は放さなくてはならぬ。もう我々が飼うことはできぬ。 |
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当たりまえの口ぶりで語り出される、「ここ」と隔絶した世界の短編集。 冒頭「フォスフォレッセンス」で示されるように、本著では言葉が世界そのものだ。表題作「沈黙のために」の街は、語られるだけで私を取り囲んで息苦しく追い詰めるし、「冬の群れ、馬数ある中の」では文字がそのまま存在だから、冬が馬に混じっている(このあたりまで来ると、読み手も、漢字一文字だから同じね、なんてすんなり納得してしまう)。巻末まで辿り着けば概念的ナニカが紙面の「向こう側」にいる私たちを歓迎してくれ、快活に言葉について喋りだす。読み終えて本を閉じても、本の中で出会った言葉たちが、泡のように私に、あなたに、まとわりついて、少しだけ日常を塗り替える。 黙してただ読んでほしい。目から聴こえる世界のために。 | ||||||||||
推薦者 | 容(@詩架) | |||||||||
推薦ポイント | 文章・文体が好き |
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冬の凍える日。つめたい風が吹きすさぶなかに、あなたはひとりで立っているとしよう。頬にあたる空気は痛く、指先は凍りついたように悴んでいる。限界まで体が冷え切ったとき、あなたはその指先を水に浸す。すると、同じく冬の日にあってつめたいはずのその水が、その指にとってはあたたかく感じられることがある。冷えた体に牙を剥くかと思われた水は、あなたに、やさしく寄り添ってくれる。 全6作の少し不思議な短編が集まった本作『沈黙のために』は、そんな本であるような気がする。正井さんの文章は、季節にたとえるなら冬だと思う。ぴいんと張り詰めた、細い糸が集まったような空気、ぱらぱらと降る雪、白く霧のように一瞬生まれては消える息。そんな世界を、わたしは感じる。それに加えて、少しほほえんで、手を伸ばしてくる死のにおいがある。だけど、死は、眠りのようで、深くて、おだやかで、やさしい。さみしいのに、ひとりじゃない。寒いのに、あたたかい。悲しいのに、おだやか。そして沈黙しているのに、とても雄弁。そんなやさしい二面性が、正井さんの文章にはあるような気がする。 また、言葉が持つ密度もとても濃い。選び抜かれた言葉たちである。彼らは自らの意識を持ち、文字という形から自由になって、解体されて、わたしに降ってくる。それは最初に収録された「フォスフォレッセンス」の世界であるかのように。 この本の物語たちは、Twitterに投稿されたものがもとになっていることにもたいへん驚いた。わたし自身Twitterはよく利用するけれど、この物語を紡げるような連続性をわたしは持たせることができない。しかし、前述したようにこの本の言葉たちは自らの意思を持って、ぽつりぽつりと降ってくる。それはまさに、Twitterから生まれたものだからなのかもしれない。正井さんはこのツールを使うことによって、この物語たちを「ことばそのものを楽しむ」ものに昇華したのではないだろうか。 ちなみにわたしは、本作のなかでは「E」と「冬の群、馬数ある中の」がとても好きで、何度も読み返した。これらもTwitterがもとになっている物語だ。 ぜひ、この本に耳を傾けてほしい。沈黙してほしい、彼らの声がよく聞こえるように。 | ||||||||||
推薦者 | きりちひろ | |||||||||
推薦ポイント | 文章・文体が好き |