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タイトル 七都・1
著者 桜沢麗奈
価格 700円
カテゴリ ファンタジー
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紹介文
*2009年度アルファポリス ファンタジーノベル大賞最終選考作品*
動乱の時代に生まれ、革命に身を投じた少女達の友情、恋愛、成長を描く、架空革命少女小説。

第一章:
「おかあさんは、あたしより第七都のことの方が大切だったのよ――」
七都の抱える母親への葛藤。やがて七都の目の前で解きほどかれてゆく、母凛々子の真意。
七都と触れあううちに、閉ざしていた心を緩ませていく聖羅。
穏やかにはじまる群青とのたどたどしい恋。
そして敵将、赤将軍煌との衝撃的な出会い。

 聖羅は心を落ち着けるべく、深呼吸をした。その時。
 かすかに、しゃくりあげる音と、ちいさな声がした。
「……おかあさん……」
 布団のなかに潜っているのか、その声はくぐもってちいさかったけれど。それでも聖羅はそれを聞き逃しはしなかった。
 耳を澄まさなければ聞こえないほどちいさく、押し殺した泣き声だった。
 自分には母を慕う気持ちがわからない。七都が恋うような、やさしい母を聖羅は持たなかったから。けれど、たとえばひとり、髪をほどきながら遠くにいる人を思うそのときの自分と同じように。やさしかったひとの、やさしい記憶が、七都を捕らえて離さないのだろうか。
 泣き声がやまない。聖羅は逃げ出したくなった。おかあさん、と時折混じる声に、かなしみが滲んでいて、聖羅の胸が掴まれたようにぎゅっと痛んだ。
 いたたまれなくなり、もうこの部屋から出て行こうとベッドから起きあがる。けれどここから逃げ出そうという意志に反して、何故か聖羅は二段ベッドのはしごを登っていた。
 顔を枕に埋めて布団にくるまり、目を閉じてまるまって七都は泣いていた。聖羅はそっと、七都の髪をやさしく撫でた。
「……聖羅?」
 涙で濡れた大きな目で、七都が驚いたように聖羅を見上げていた。
 その瞳を見た聖羅の胸に、罪悪感がこみ上げる。なんて勝手なことだろう。彼女から幸福を奪ったのは誰だ。けれど同時に、母性にも似た愛情が波のように押し寄せて胸を浸す。七都を愛おしく思い、まもりたいと願う衝動が。それに抗えなかった。
「一緒に眠ってあげるわ、七都」
 やさしい声で聖羅が囁き、布団を捲って七都のとなりに潜り込むと、両手で七都を抱きしめた。
 とんだ欺瞞だ。そう嘲笑う声が心の中になくはない。けれど今はそれを聞かずにおこうと思った。
「七都」
 もう一度名を呼び、抱きしめた腕に力を込めた。
「ずっとそばにいる」
 それは、聖羅が七都とかわした、はじめての約束。
「聖羅……」
 七都が、聖羅にしがみついて泣き出した。
「わたしがそばにいるわ、七都」
 やさしくささやき、そっとそっと、その頭を撫でる。
 この胸の痛みは、罪の意識などではあり得ない。そう、心の中で繰り返しながら。


架空世界を舞台に、レジスタンスの英雄の娘・七都が成長していく物語。第1巻では七都が母と姉を失い孤独に苦しみながら、戦場に赴いて剣を手に取って戦う決意をするまでを描く。幼いが母親のカリスマ性を持つ七都が、危うくも可愛らしく魅力的。
もう一人のヒロインとも言える聖羅は、拭い去れないような重い過去を持つ。神に仕え微笑みながら、自己意思を殺そうとする。第1巻最終部での百合子との対決は見応えがあった。とにかく強く清廉な印象を持つ女性で、七都との対比が鮮やか。
サイドで進む月華の残酷なエピソード、颯爽とした赤将軍の格好よさ、群青の七都を見守る優しい視線も、物語世界の彩りを豊かにしている。圧政、虐殺、貧困などの厳しいテーマを中心に置きながら、牧歌的な場面も散りばめられており、読み進めやすい。
何より平易で過不足のない文章が読みやすい。粗もないわけではないが、手垢のつかない同人ならではの小説としてはベストの文体だと思う。新書サイズで200ページをこえるが、あっという間に読み終わり、ぜひ第2巻も読みたいと思った。
私が愛読していた頃の少女小説の持ち味をよく出していると思った。少女の家族関係を乗り越え、社会意識が目覚めるさまを描こうしている。同時に聖羅や月華といった「大人にならざるを得なかった女性」が登場するのも好感を持つ。これから三人がどう関係していくのか気になる。
推薦者宇野寧湖
推薦ポイント世界観・設定が好き

《少女》を胸に秘める貴女へ 気高き光を放つ浪漫革命譚
 恥ずかしながら、これまで《少女小説》のなんたるかを私は存じ上げませんでした。少女、と呼ばれるような時期に触れる機会を持たなかったのです。それがあるご縁でこの『七都』を拝読した時、鮮烈に理解しました。苛酷で、熾烈な運命を気高く生きる少女たちの生き様――これぞまさしく、《少女小説》であると。
 舞台は厳粛たる身分制度の敷かれた世界。第七都と銘打たれたその街は最下層の民が住まう場所と定められ、支配者たちの領域・第一都を始めとする上位階級者たちから奴隷のような扱いを受けています。その第七都 を解放しようと立ち上がる革命軍――レジスタンスと第一都の軍が争いを繰り広げる、そういう時代に生を受けた英七都(はなぶさ ななと)がこの物語の主人公です。
 七都の母はレジスタンスを導く勝利の女神・英凛々子。しかし凛々子は第一都の残酷なる赤将軍の手により、戦場に命を散らします。父も既に亡く、唯一残された家族である姉の優花も第一都の男にかどわかされ、七都は天涯孤独の身に。相次ぎ家族を喪った悲歎と、自らより革命に命を捧げた母に対する激憤、相克する情動に心身を苛まれた七都に手を差し伸べたのは、謎多きシスター・聖羅でした。ふたりは次第に心深く絆を結び合うのですが、その間に存在した因果は彼女たちを非情な運命に誘うのです。
 繊細な心情描写、幾重に も絡み合う人間関係、その中で交わされる恋情、慈愛、思慕、嫉妬、憐憫、絶望、希望――数えきれないほどの生の心情。激動の時代に生まれ、その中を駆け抜けなければならなかった彼女たちの生命が、ありありと目に浮かぶほどの現実味を持って描かれています。
 母への複雑な想いを昇華させ、自らもレジスタンスの一員となることを選ぶ七都。その彼女を護ることを存在意義と定めながら、秘めた過去の重責に葛藤する聖羅。身分のために受ける屈辱に晒されながらも、凛然と生きる優花。少女たちの意志と覚悟、その生き様は息を呑むほど凄絶です。その周囲を彩る男性陣も個性的で、魅力に輝いています。
 戦乱の世に力強く生きる彼女たちの姿に自然と感情移入し、そのしあわせを切に願わずに はいられない――そんな熱量を持った圧巻の《少女小説》、それが『七都』です。
 全五巻中第四巻までが発行済み、最終巻が今秋リリースの予定。このドラマチックな少女浪漫革命譚の結末を、ぜひお見逃しなく!
推薦者世津路章
推薦ポイント人物・キャラが好き